ウチの頭脳開発教室に通っていた、3歳男児のことです。
普通に得意なこと、苦手なことはありました。手を使う課題は少し弱かったのですが、そこを補うサポートカリキュラムを用意すると、それなりに伸びてくれます。
極端に苦手なことがあるわけでもなく、日々のトレーニングも特に大きな問題なくこなしていました。
「この子は、もっと伸びそうやん」
ウチの教室では、3か月ごとに保護者との個別懇談を行います。その前には、担当女性スタッフと主任、私の3人でミーティングをします。
担当スタッフが作成した報告書を見ながら、普段のトレーニングの様子や変化、これからどんな働きかけをしていくかを話し合います。もちろん、私も事前に自分で子供の様子を観察しています。
この男の子についても、そうやって3人で検討しました。
課題には取り組めている。弱いところも、サポートすれば伸びている。
それでも、もう少しできることがありそうでした。
「この子は、もっと伸びそうやん」
そこで改めて注目したのが、その子の表情でした。
課題がうまくできても、あまり表情が変わらない。うまくいかなかったときも、大きくは変わりません。
送迎に来られるお母さんも、私たちには比較的淡々と接する方でした。
もちろん、お母さんの表情が少ないから子供もそうなった、などと考えたわけではありません。家庭での親子の様子を、私たちがすべて知っているわけでもありません。
ただ、教室での関わり方を少し変えてみる余地はありそうです。
そこで、まず教室で試してみることにしました。
いつもより「少しだけ」オーバーアクションに
子供が課題をうまくできたら一緒に喜ぶ。うまくいかなければ、「惜しかったね」と残念がる。
これは、それまでも普通にやっていたことです。
この男の子には、そこからもう一歩だけ踏み込んで、担当に、いつもより少しだけオーバーアクションを意識してもらうことにしました。
「できたね!」
「うん、上手にできたね」
「あー、惜しかったね」
「もうちょっとだったね」
声の調子や表情も含めて、喜んでいること、残念に思っていることを、いつもより少し分かりやすく伝える。そんな程度です。
大げさに騒ぐわけではありません。
子供たちを見ていると、大人の過度な反応を嫌がる子にも出会います。だから、その子の様子を見ながら、少しだけ。
そんな関わりを続けていると、その子が担当スタッフと一緒に喜んだり、うまくいかなかったときには残念そうな様子を見せたりするようになりました。
そして、トレーニングの結果にも良い変化が見えてきました。
今度は、お母さんにもお願いしてみました
教室での様子を見て、家庭でも少し試してもらえないか、お母さんにお願いしました。
お話ししたのは、だいたいこんなことです。
1.うまくできたときは、一緒に喜んでください。うまくいかなかったときには、一緒に少し残念がってみてください。
2.少し恥ずかしく感じるかもしれませんが、いつもより少しだけ感情を表に出してみてください。
3.すぐに変化がなくても焦らなくて大丈夫です。うまくいかなければ、また次の方法を一緒に考えましょう。
4.できれば、お母さん自身も楽しんでみてください。うまくいかなかったときまで一緒に残念がるのが難しければ、そこは無理をしなくても構いません。
「こうすれば必ず伸びます」という話ではありません。
まず教室で試してみて、良い変化が見えていた。だから、家庭でもやってみませんか、という提案でした。
私には「ガラッと変わった」と感じられました
その後のことは、今でも強く心に残っています。
少し良くなった、という程度ではありません。
私には、「ガラッと変わった」と感じられました。
成功すれば喜ぶ。うまくいかなければ残念がる。そして、また取り組む。
そんな様子が、以前よりはっきり見えるようになりました。トレーニングの結果にも変化が表れていました。
そして、お母さんがとても喜んでくれたことも覚えています。
私たちに接するときのお母さんの表情や態度も、以前とは少し違って見えるようになりました。
何か特別な言葉をいただいたわけではありません。
それでも、
「少し信頼してもらえるようになったのかな」
私には、そんなふうに感じられました。
3歳の子供は日々成長しています。家庭でも教室でも、それ以外の場所でも、さまざまな経験を重ねています。
それでも、あのとき見た親子の変化は、今も私の記憶に残っています。
あの経験を、今の研究から考えてみる
当時の私たちは、脳科学の理論からこの方法を考えたわけではありません。
まず子供を見て、スタッフで話し合い、関わり方を少し変えてみた。そして、また子供の様子を見る。そこから始まりました。
では今、あの経験を発達研究の側から振り返ると、どう考えられるでしょうか。
幼い子供と大人との関わりについて、「サーブ・アンド・リターン(serve and return)」と呼ばれる考え方があります。
子供が声や表情、行動などで何かを示す。それに大人が言葉や表情、身振りなどで応える。そして、また子供が反応する。
そんな大人と子供の応答的なやり取りが、幼い子供の発達を支えることが分かっています。Harvard大学のCenter on the Developing Childでも、こうしたやり取りが、幼児期の言語や社会性の発達を支え、脳の神経回路を形づくるうえで重要な役割を果たすと説明されています。ハーバード発達子ども研究所
振り返ってみると、私たちがあの男の子に試したことにも、重なるところがあります。
「できた」という子供の経験に、大人が少し分かりやすく「できたね」と応える。うまくいかなかったときにも、「惜しかったね」と応える。
子供が示したものを大人が受け取り、表情や言葉で返す。すると、また子供から反応が返ってくる。
振り返ってみると、私たちがあの男の子と繰り返していたことは、サーブ・アンド・リターンの考え方とも重なります。
当時はそんな言葉を知りませんでした。まず子供を見て、関わり方を少し変え、また子供を見る。その中で、表情や取り組み方、トレーニングの結果にも変化が見えてきました。
あとから研究を知ることで、あのとき現場でやっていたことの意味が、少し見えてきたように思います。
大げさに褒めればいい、というわけではありません
大人が大きく喜んでくれるのがうれしい子もいれば、過度な反応を嫌がる子もいます。
ですから、この男の子にも最初から派手な反応をしたわけではありません。
少し変えてみる。子供を見る。合わなければ変える。良さそうなら続けてみる。
私たちがやったのは、その繰り返しです。
子供への関わり方に一つの正解があるのではなく、目の前の子供を見ながら、大人の方も関わり方を調整する。
これは、今も大切にしていることです。
▶関連記事:「先生、合ってる?」すぐに答えない理由|子供を見て「待つ・助ける」を決める
今も心に残っている親子です
あれからずいぶん時間がたちましたが、あの親子のことは今もよく覚えています。
私たちが最初に考えたのは、
「この子には、もう少し何かできないかな」
ということでした。
そこで、子供への関わり方を少し変えてみた。変化が見えたので、お母さんにも協力してもらった。そして、また子供を見る。
少し変えてみる。子供を見る。また考える。
子供を伸ばす方法に、一つの正解があるとは思いません。
でも、目の前の子供をちゃんと見て、
「この子には、もう少し何かできないかな」
と考えることはできる。
あの親子のことを思い出すと、今でもそう思います。
この記事で紹介した研究・資料
Center on the Developing Child at Harvard University
Serve and Return: Back-and-forth exchanges.
幼い子供と大人との応答的なやり取りと発達との関係を解説した資料です。
→ Serve and Return
Center on the Developing Child at Harvard University
5 Steps for Brain-Building Serve and Return.
保護者や養育者向けに、日常生活の中でサーブ・アンド・リターンを実践する方法を紹介しています。ハーバード発達子ども研究所
→ 5 Steps for Brain-Building Serve and Return


コメント