表情の少ない4歳の男の子が教えてくれた「できた!」の力

大人に

「もっと伸びるはず」

35年以上、子供たちと向き合ってきて、私が一貫して大切にしてきたことがあります。

それは、子供を型にはめないこと。

活発な子もいれば、おとなしい子もいます。

人見知りをする子もいれば、初対面でもすぐに友達になれる子もいます。

どちらが良くて、どちらが悪いということではありません。

まず、その子の気質を受け入れる。

教育は、そこから始まると私は考えています。

だから、「もっと積極的な子にしましょう」とか、「明るい性格に変えましょう」という指導は、幼児期には行いません。

その子らしさを大切にしながら、その子が一番伸びる方法を探す。

それが、私たちの教室の考え方です。

そんな私が、ある男の子のことで、教室のスタッフと何度も話し合ったことがありました。


表情は少ない。でも、能力は感じる。

その子は、数か月前から教室へ通ってくれていました。

認識力は決して低くありません。

年齢相応の課題は、それなりにこなします。

理解も悪くありません。

ところが、一つだけ気になることがありました。

笑わないわけではありません。

微笑むこともあります。

でも、全体として表情の変化がとても少ないのです。

課題ができても、大きく喜ぶことはありません。

失敗しても、悔しそうな様子があまり見られません。

感情の起伏が小さいと言えばいいのでしょうか。

もちろん、それだけで「問題がある」と考えたわけではありません。

子供の気質は一人ひとり違います。

しかし、私は長年の経験から、

「この子は、もっと伸びる力を持っている。」

そう感じていました。


子供を観察し、仮説を立てる

幼児教育は、「こうすれば必ず伸びる」という世界ではありません。

だから私たちは、一人の子供を見てすぐに判断することはありません。

日々の様子を観察し、

教室内で情報を共有し、

必要に応じて指導方法を見直します。

この子についても、スタッフと何度も話し合いました。

そして、一つの仮説にたどり着きました。

「成功したときの喜びを、十分に感じられていないのではないか。」

ということです。

脳科学では、「できた!」「うれしい!」「もう一度やってみたい!」という気持ちには、報酬系という脳の仕組みが深く関わっていることが知られています。

子供の脳は、「できた!」が大好き。

その喜びが次の挑戦につながり、少しずつ能力を伸ばしていくのです。

反対に、その喜びを十分に感じられない状態が続くと、本来持っている力を発揮しきれないこともあるのではないか。

私たちは、そのように考えました。

もちろん、これは教室での観察から導いた一つの仮説です。

だからこそ、次の保護者懇談では、ご家庭での様子も丁寧に伺いながら、お母さまと一緒に考えてみようと思ったのです。


保護者懇談でお伝えしたこと

そのお母さまは、とても落ち着いた雰囲気の方でした。

子供への愛情が足りないなどとは、一度も思ったことはありません。

むしろ、いつも熱心にお子さんの話を聞いてくださる方でした。

だから私は、お母さまを責めるような話は一切しませんでした。

「教室でも工夫を続けます。そのうえで、もしご家庭でも一つだけお願いできることがあります。」

そう切り出しました。

「お子さんが何かできたとき、今まで以上に、一緒に喜んであげてください。」

難しいことではありません。

笑顔で、

「できたね!」

と、その子の成功を一緒に味わっていただきたい。

そんなお願いでした。

お母さまは私たちの考えをご理解くださり、

「やってみます。」

と穏やかに答えてくださいました。

その笑顔を見ながら、私は心の中で思いました。

「このお母さまなら、きっと応えてくださる。」

数週間後、教室で見え始めた変化

保護者懇談から数週間後のことです。

教室で、その子の様子に変化が現れ始めました。

最初に気づいたのは、笑顔でした。

それまでよりも、自然な笑顔が増えてきたのです。

ある日には、声を出して笑う姿も見られました。

もちろん、「今まで一度も笑わなかった子が、突然笑うようになった」という話ではありません。

でも、その笑顔は明らかに違っていました。

「楽しい。」

「うれしい。」

そんな気持ちが、表情から自然に伝わってくるのです。

さらに印象的だったのは、失敗したときの反応でした。

思いどおりにできなければ、少し悔しそうな表情を見せる。

以前はあまり表に出なかった感情が、少しずつ表現されるようになってきたのです。

私は、その様子を見ながら心の中で思いました。

「お母さん、頑張ってくださっているようだな。」

そして、もう一つ。

「しめしめ。期待通りじゃ(笑。 」

もちろん、本当にご家庭でどのような関わり方をされたのか、その場で見ていたわけではありません。

でも、長く子供たちを見ていると、子供の変化から、ご家庭で何か良い変化があったことを感じることがあります。


子供は、大人の関わりで変わる

その後、その子は教室での取り組みにも前向きな姿勢を見せるようになりました。

「もう一回やってみる。」

そんな気持ちが、少しずつ行動にも表れ始めました。

トレーニングも順調に進むようになり、お母さまからも感謝の言葉をいただきました。

もちろん、子供の成長を一つの出来事だけで説明することはできません。

発達には年齢による変化もあります。

教室での経験もあります。

ご家庭での生活もあります。

さまざまな要因が重なり合って、子供は成長していきます。

それでも、この出来事は私に一つの確信を与えてくれました。

子供は、大人の愛情に満ちた関わりによって、大きく変わることがある。

これは35年以上、子供たちと向き合う中で、何度も見てきた事実です。


子供を変えようとする前に

私は、幼児期から子供の性格を変えようとは考えていません。

「もっと積極的になろう。」

「もっと社交的になろう。」

そんな指導はしません。

まずは、その子の気質を受け入れる。

その上で、

「この子は、どうすればもっと自分らしく伸びていけるだろう。」

それを考え続けます。

一方で、成長とともに価値観が育ってくる頃には、「こういう考え方をすると、もっと生きやすくなるよ」ということを伝える時期もあります。

でも、それはもっと後の話です。

幼児期に一番大切なのは、

「この子には、もっと伸びる力がある。」

と、大人が信じることではないでしょうか。


まとめ

私は、この男の子から多くのことを教えてもらいました。

子供の能力は、テストだけでは測れません。

笑顔。

悔しそうな表情。

「もう一回やる。」

そんな小さな変化の中に、成長の芽があります。

そして、その芽を大きく育てるのは、周りの大人の存在です。

子供は、一人で育つことはできません。

だからこそ、私たち大人の関わり方には、大きな可能性があります。

これからも私は、一人ひとりの子供をよく観察し、その子に合った関わり方を、ご家庭と一緒に考えていきたいと思います。

それが、35年以上変わることのない、私の教育の原点です。


参考にした資料

  • 『脳を鍛えるには運動しかない』ジョン・J・レイティ著
  • 報酬系(ドーパミン)に関する脳科学レビュー
  • 発達心理学・神経可塑性に関する基礎研究

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