サッカー男子W杯の盛り上がり、本当にすごいですね。ネットニュースを開けば連日サッカー関連の記事が並び、日本中が熱狂に包まれていることが感じられます。世界の舞台という極限のプレッシャーの中で、一瞬のチャンスをモノにする選手たちの姿には、思わず胸が熱くなった方も多いのではないでしょうか。
そんな中、あるスポーツ心理学の視点を扱った記事が目に留まりました。そこに書かれていたのは、「一流の選手は、総じて『自己効力感(じここうりょくかん)』が高い」というお話。
「自己効力感」という言葉、みなさんは耳にしたことがありますか?
近年、子育てや自己啓発の現場では「自己肯定感(じここうていかん)」ばかりが注目されてきましたよね。「子供の自己肯定感を傷つけてはいけない」と言われるあまり、家庭や学校で「子供を厳しく叱れない……」と悩む親御さんや年長者の方も増えているようです。
ですが、子供を正しい方向へ導いてあげるのは、大人として大切な義務のはず。実はこの「自己効力感」こそが、現代の子育てのモヤモヤを解消し、自己肯定感を優しく補完してくれる、とても重要なキーワードだったのです。
そもそも「自己効力感」とは? 自己肯定感との決定的な違い
心理学や教育の現場でよく混同されてしまうこの2つの言葉ですが、実はその中身はまったく異なります。まず、その違いを分かりやすく整理してみましょう。
・自己肯定感: 「できてもできなくても、ありのままの自分には価値がある」という、自分の存在そのものを認める感覚(心の土台・安心感)
・自己効力感: カナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、「自分には、ある特定の課題をやり遂げる能力がある」と信じられる、自分の行動に対する確信の感覚(「自分ならできる!」という心のエンジン)
これらを乗り物に例えるなら、自己肯定感は「ブレーキを緩めて安心を発進させる心の土台」であり、自己効力感は「困難に向かって前に進むためのアクセル」と言えます。
日本のメディアでは、よく「日本の子供は自己肯定感が低い」と心配されてきました。その結果、「傷つけないように」「嫌われないように」と、子供を腫れ物に触るように扱い、過剰に褒めちぎる大人が増えてしまった一面があります。
もちろん、ありのままを愛してあげることは大前提です。しかし、根拠のない「あなたは今のままで素晴らしいよ」という言葉だけでは、いざ社会に出て高い壁にぶつかったときに、ポキリと心が折れてしまうこともあります。
子供たちがこれから厳しい社会を生き抜くために本当に必要なのは、現実の課題を乗り越えるための「自己効力感(=自分にはやり遂げる力があるという自信)」なのです。
「叱らない親」の盲点と、大人が果たすべき「導き」の義務
「子供を叱ると自己肯定感が下がってしまうのでは?」と不安に思う必要はありません。感情的に怒鳴り散らすのはもちろんNGですが、ルールを破ったときや、誰かを傷つけてしまったときに「それは間違っているよ」と正しく教えてあげることは、親や年長者の大切な役割ですよね。
心理学のエビデンス(研究結果)においても、適切な境界線(ルール)を示されずに育った子どもは、「自分の行動が周りにどう影響するかわからない」という不安を抱きやすくなり、結果として自己効力感が育ちにくくなることが分かっています。
また、脳科学の視点から見ても、人間が新しい挑戦に向かうときには、脳内の「報酬系」と呼ばれるネットワーク(主にドーパミンを分泌する神経系)が活性化します。
この脳のご褒美物質であるドーパミンは、ただ甘やかされているだけでは分泌されません。「少し頑張れば乗り越えられるくらいの課題」を提示され、それを自分の力で達成したときに初めてドバッと分泌されるのです。そして、脳は「あ、次もできるかもしれない!」と学習していきます。
つまり、大人がすべきなのは「ただただ褒め続けること」ではありません。「正しい道を示し、挑戦を支え、小さな達成感を味わわせてあげること」なのです。
バンデューラが提唱する、自己効力感を高める「4つのアプローチ」
では、具体的にどうすれば子供、あるいは自分自身の自己効力感を高めることができるのでしょうか。提唱者であるバンデューラ教授は、自己効力感を育てるための「4つの大切な要素」を挙げています。ご家庭でも取り入れやすいように解説しますね。
1.達成経験(小さな成功を積み重ねる)
これが最も強力な方法です。最初から高すぎる目標を立てるのではなく、確実にクリアできる小さな階段(スモールステップ)を作ってあげましょう。
・具体例: サッカーの練習なら「試合で勝つ」ではなく「今日はインサイドキックで5回正確にパスを繋ごう」といった、すぐに振り返りができる目標を設定します。
2.代理経験(モデリング)
自分と似たような環境や実力の人が、努力して成功する姿を見せることです。
・具体例: プロのスーパープレイを見せるのも刺激になりますが、それよりも「少しだけ上手なチームの友達」が練習してできるようになった姿を見せる方が、「あの子ができるなら、僕にもできるかも!」と身近な自信に繋がりやすくなります。
3.言語的説得(プロセスを褒めるフィードバック)
信頼している人から「あなたならできるよ」「今のやり方はすごく良かったよ」と言葉で励まされることです。
・具体例: 結果だけを見て「すごいね!」と褒めるのではなく、「毎日30分練習していたから、今日のトラップは正確だったね」と、努力したプロセス(過程)を具体的に言葉にして伝えてあげます。
4.生理的情緒的高揚(心と体のコンディション)
体調が良い状態や、適度なワクワク感を感じている状態を整えてあげることです。
・具体例: 試合や発表会の前、緊張してドキドキしている子どもに対して、「緊張するのは、体が戦う準備をしてくれている証拠だよ。ワクワクしてきたね!」と、ポジティブに捉え直す(リフレーミング)手助けをしてあげます。
今日からできる!再現性の高い「親の声かけ」の具体例
最後に、今日からすぐにご家庭や指導の現場で使える、具体的なコミュニケーションの例をご紹介します。普段やってしまいがちな「ただ全肯定して終わる声かけ」を、「子どもの自己効力感を刺激する声かけ」に変えるだけで、子どもたちの行動へのモチベーションは驚くほど変わっていきますよ。
| 普段の対応(甘やかし・思考停止になりがち) | 自己効力感を高める大人の指導 |
| テストの点数が悪くても「いいよいいよ、元気なら!」と片付けてしまう。 | どこで間違えちゃったかな?ここを直せば、次は絶対に解けるようになるよ」と具体的な改善策を一緒に探す。 |
| 片付けをしない子に「も〜、可愛いから今回はママがやっちゃうね」と大人が片付ける。 | 「時計の針が12になるまでにオモチャを箱に戻そうね」とルールを示し、できたら、その行動をしっかり褒める。 |
「あなたはあなたのままでいいんだよ」という優しい毛布で包み込んであげる時間も、もちろん人生には必要です。
しかし、子供たちが自分の足でフィールドに立ち、ボールを蹴り出さなければいけないとき、彼らを本当に支えてくれるのは「自分にはこの壁を乗り越える力がある」という強固な盾(自己効力感)です。
子供を迷わせないように正しく導き、小さな成功を一緒に喜んで積み重ねていくこと。それこそが、W杯の舞台で輝く選手たちのような「折れない心」を育てる、私たち大人の本当の役割なのではないでしょうか。


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