「もう無理」から「もう一回」へ ― 難しい問題に向き合う力はどう育つ?

子供・教育

個別指導で、小学生に読解問題を解かせていると、間違えることはよくあります。

もちろん、それ自体は何の問題もありません。

「もう一回、問題文を読んでみ」

と声をかけます。

ところが、これを嫌がる子が少なくありません。

ちゃんと読んだ。ちゃんと考えた。でも、間違えていた。分からなかった。

だから、もう読みたくない。

そんな様子です。

そこでスタッフが、

「じゃあ、先生が読んであげるから、もう一回考えよ」

と声をかけます。

すると、不思議なことに神妙に聞いている。

そして、もう一度考え始めます。

「あ、分かった」

となることもあります。

子供たちを見ていると、こんな場面に何度も出会います。

「読めるかどうか」だけではない。分からなかったときに、もう一度そこへ戻れるか。

これも「読む力」を考えるうえで、とても大切なのではないでしょうか。

中2の証明問題で、シャッターが下りる

この違いがもっとはっきり見えるのが、中学2年生ごろです。

数学に図形の証明問題が登場します。

計算問題なら、とりあえず鉛筆を動かしていた子が、図形を見た途端、

「無理」

となる。

まだ問題を十分に読んでいません。考えてもいません。でも、見た瞬間にシャッターが下りてしまう。

数学の文章題でも似たことがあります。

「計算ちゃうやん」

文字がたくさん並んでいるだけで、読む前から逃げようとする子がいます。

一方で、難しそうな問題でも、

「まあ、やらなあかんし」

と、淡々と取り組み始める子もいます。

そして、その単元の学習が進み、少し自信がついてくると、難しい問題に出会うこと自体を楽しむ子も出てきます。

もちろん、同じ子でも、得意な教科と苦手な教科では反応が違います。

それでも子供たちを見ていると、難しい問題を前にしてすぐシャッターが下りる子と、とりあえず問題に向き合える子がいます。

この違いは、どこから生まれるのでしょう。

「考え直したら分かった」を経験しているか

私は以前から、一つ感じてきたことがあります。

考えること、考え直すことをそれほど嫌がらない子は、

「もう一回考えたら分かった」

という経験を、それまでに積んでいるのではないか。

最初は分からなかった。でも、もう一度やってみたらできた。そのときの「あ、分かった!」という経験です。

心理学には、**自己効力感(self-efficacy)**という考え方があります。

簡単に言えば、

「自分ならやれそうだ」

という感覚です。

自己効力感の研究では、自分で課題をやり遂げた達成経験は、その感覚に関わる重要な情報源の一つと考えられています。

数学教育でも、自己効力感を高めるためのさまざまな介入研究が行われています。

教室で私が何度も見てきた、

「分からなかった。でも、考え直したら分かった」

という経験も、次の課題に向かうときの、

「前もできた。もう一回やってみよう」

につながっていくのではないか。

そんな経験を、一つずつ増やしてやりたいと思っています。

「先生が読んであげる」は甘やかしなのか?

では、最初に紹介した、

「先生が読んであげるから、もう一回考えよ」

はどうでしょう。

「自分で読ませないと力がつかないのでは?」

と思われるかもしれません。

でも、私たちの目的は、いつまでも先生が読んであげることではありません。

一人では「もう一回」へ戻れない子に、最初の一歩だけ手を貸すのです。

教育研究では、子供が一人では難しい課題に取り組むとき、大人が一時的に支援し、できるようになるにつれて支援を減らしていく考え方を**足場かけ(scaffolding)**と呼びます。

数学の問題解決でも、生徒の考え方を支える足場かけが、難しい課題に粘り強く取り組むことを支えうることが報告されています。

私たちの教室でも、最初は先生が読んであげることがあります。次は一緒に読む。その次には、

「ここだけ、もう一回読んでみ」

と自分で読む方へ戻していきます。

そして、いつか子供自身が、

「ちょっと待って。もう一回読んでみる」

と言えるようになれば、もう同じ手助けはいりません。

教えない。でも、放っておかない。

どこまで手伝い、どこから本人に返すか。

ここでも、子供の様子を見ることが大切になります。

▶関連記事:「先生、合ってる?」すぐに答えない理由|子供を見て「待つ・助ける」を決める

私は以前、「46野」という話をしていました

ここで、少し脳の話をします。

私は以前、保護者の方に、前頭前野にある46野という脳の領域を取り上げて話をしていました。

当時読んだ脳科学の本などから、考えたり判断したりする働きに深く関わる前頭前野、なかでも46野の発達に10歳前後が重要な時期だと理解していました。

そして、

「だから、この時期までに、難しいことからすぐ逃げるのではなく、考えて、やり直して、できたという経験をたくさんさせてほしい」

と保護者の方に伝えていました。

私が育てたいと思っていたのは、

「難しい。でも、もう一回やってみよう」と思える力。

当時は、これを脳の発達と結びつけて、「10~12歳ごろまでが、とても大切」と説明していました。

その後、脳の発達について分かってきたことは、もっとダイナミックです。

8~35歳の10,766人を対象にした大規模研究では、注意を調整したり、必要に応じて行動を切り替えたりする実行機能は、10~15歳ごろに急速な発達を示し、その後も変化を続け、18~20歳ごろに成人レベルで安定するという発達の道筋が報告されています。

10歳前後は大切。でも、そこで終わるわけではない。

子供のこうした認知機能は、その後も発達を続けていきます。

昔より、脳の発達について分かることは増えました。

そして、研究が進んだ今も、教室で大切にしたいことは変わりません。

「できなかった。でも、もう一回やったらできた」という経験を増やしたい。

46野という一つの脳領域だけに話を閉じ込めず、子供が考え、やり直し、できるようになっていく過程を大切にする。

いきなり一人で乗り越えなくてもいい

子供に粘り強さを身につけてほしい。

そう思うと、

「自分で考えなさい」

「もう一回読みなさい」

と、つい言いたくなります。

でも、一人では戻れないこともあります。

そんなときは、大人が少しだけ手を貸してもいい。

「ここまで一緒にやろか」

「先生が読んであげるから、考えてみ」

「最初の一行だけ、もう一回読んでみ」

そして、できたら、

「ほら、考え直したら分かったやん」

と、その経験を子供自身に気づかせる。

大人が問題を解いてしまうのではありません。

子供が自分でもう一度考え始めるところまで、連れていく。

私は、それでいいと思っています。

「分からない」の、そのあとを育てる

読解問題が解けない。文章題が分からない。証明問題を見ただけで嫌になる。

そんなとき、私たちはつい、

「読解力がない」

「根気がない」

と、子供の能力や性格の問題にしたくなります。

でも、その前にできることがあります。

「分からない」のあとに、もう一度戻れるよう手助けすること。

最初は大人の手を借りてもいい。

少しずつ手助けを減らしながら、自分で読み直し、考え直せるところへ近づけていく。

そして、

「考え直したら分かった」

を一つずつ増やしていく。

難しい問題に一度も負けない子を育てる必要はありません。

むしろ育てたいのは、

分からないときに、もう一度考え直せる子。

読む力を育てるうえでも、私はそんな経験を大切にしてきました。

この記事を書くにあたって参考にした研究・資料

Zakariya YF
Improving Students’ Mathematics Self-Efficacy: A Systematic Review of Intervention Studies.
Frontiers in Psychology, 2022.
→ Frontiers

DiNapoli J, Miller EK
Recognizing, Supporting, and Improving Student Perseverance in Mathematical Problem-Solving: The Role of Conceptual Thinking Scaffolds.
The Journal of Mathematical Behavior, 2022.
→ ScienceDirect

Tervo-Clemmens B, Calabro FJ, Parr AC, et al.
A Canonical Trajectory of Executive Function Maturation from Adolescence to Adulthood.
Nature Communications, 2023.
→ Nature Communications



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