なぜ人は「もう一度やりたい」と思うのか|報酬系とドーパミンの本当の役割

みんなに

このブログでは、これまで何度か「ドーパミン」という言葉を使ってきました。

何かがうまくいって、「やった!」と感じたとき。
目標に少し近づき、「もう一度やってみよう」と思ったとき。

そんな場面で働くのが、脳の「報酬系」と呼ばれる仕組みです。

ただし、ドーパミンを単純に「快楽物質」や「やる気ホルモン」と考えると、本来の働きを見誤ります。

今回は一度立ち止まり、報酬系とドーパミンについて、できるだけ分かりやすく整理してみます。

報酬系は「ご褒美を喜ぶ仕組み」ではない

「報酬」と聞くと、お金やお菓子、褒め言葉などを思い浮かべるかもしれません。

しかし、脳科学でいう報酬は、それだけではありません。

人の脳には、

「これは自分にとって価値がある」
「この行動は、よい結果につながった」
「次も同じようにやってみよう」

と学ぶ仕組みがあります。

このような学習や行動選択に関わる神経回路のまとまりを、一般に「報酬系」と呼びます。

つまり報酬系は、単に気持ちよくなるための仕組みではありません。

何に価値があり、次にどの行動を選ぶのかを学ぶための仕組みです。

ドーパミンは「快楽そのもの」ではない

ドーパミンは神経細胞同士の情報伝達に関わる物質です。

報酬系の中でも重要な働きをしますが、ドーパミンが出れば、その量に応じて幸せになる、という単純なものではありません。

研究では、報酬の「好き」という感覚と、「欲しい」「近づきたい」「手に入れるために行動したい」という働きは、必ずしも同じではないと考えられています。

ドーパミンは、快楽そのものよりも、報酬に注意を向け、そこへ近づこうとする意欲や学習に深く関係しています。

以前、ロボット教室の体験会でドーパミンの働きを説明しようとして、覚せい剤の話を出したことがあります。

保護者の表情が曇りました。

今思えば、体験会で出す例ではありませんでした(笑)。

ただし、ここには大切な点があります。

ドーパミンは、出れば出るほどよい物質ではありません。薬物などによって報酬に関わる仕組みが不自然に強く刺激されれば、特定の行動を過剰に求め続けることにもつながります。

ドーパミンは「よい物質」「悪い物質」ではなく、私たちが何を求め、何を学び、どの行動を繰り返すのかに関わる信号なのです。

「予想よりよかった」が脳の学習を進める

報酬系を理解するうえで大切なのが、報酬予測誤差 という考え方です。

何やら難しそうな言葉ですが、意味はそれほど複雑ではありません。

脳は、これから起こる結果を予想しています。

実際の結果が予想どおりなら、大きな驚きはありません。

しかし、

「思っていたよりうまくいった」
「できないと思っていたのに、できた」
「試してみたら、予想外によい結果になった」

というとき、予想と結果の間に差が生まれます。

これが報酬予測誤差です。

一部のドーパミン神経は、得られた結果が予想よりよかったときに活動を強め、予想より悪かったときには活動を弱めます。こうした報酬予測誤差は、行動と結果の関係を学ぶための重要な信号の一つと考えられています。

だから、「やった!」という感情だけが重要なのではありません。

予想し、試し、結果を確かめることそのものが、学習につながります。

ドーパミンが直接「やる気」をつくるわけではない

ドーパミンは、よく「やる気ホルモン」と呼ばれます。

分かりやすい表現ではありますが、少し単純化されすぎています。

人が何かに取り組むかどうかは、

  • その結果にどれほど価値を感じるか
  • どのくらい努力が必要か
  • 成功できそうか
  • 疲れていないか
  • 不安や苦痛がないか

など、さまざまな条件によって決まります。

ドーパミンだけで、やる気のスイッチが入るわけではありません。

一方で、ドーパミンが、将来得られる結果と必要な努力を比べ、「それでも行動する価値があるか」を判断する働きに関係していることは、動物での研究や人を対象とした研究からも示されています。

したがって、このブログでは今後、

「ドーパミンがやる気を出させる」

ではなく、

「ドーパミンは、価値のある結果へ向かって行動する意欲を支える」

と表現することにします。

学びでは「褒めればドーパミンが出る」では足りない

子供を褒めれば、気分がよくなり、また取り組もうと思うことがあります。

しかし、褒め言葉を与え続ければ、脳が育つという単純な話ではありません。

教育の場で大切なのは、子供自身が、

「自分で考えた」
「試してみた」
「失敗した理由が分かった」
「やり直したら、前よりよくなった」

という手応えを持つことです。

ロボットづくりでは、組み立てただけでは思いどおりに動かないことがあります。

どこが違うのかを考え、部品を確かめ、組み直し、もう一度動かしてみる。

そこで予想していた動きが実現すると、単に褒められたときとは違う、「自分の行動が結果につながった」という学習が生まれます。

報酬系の観点から見ると、大切なのは「成功させてあげること」だけではありません。

子供自身が予想し、行動し、結果を確かめられる経験をつくることです。

子供が「自分で考えて、やってみたらできた」と感じる経験は、「次も自分ならできるかもしれない」という自己効力感にもつながります。褒められた結果ではなく、自分の行動が結果を変えたという実感が、次の挑戦を支えるのです。

▶ 関連記事:自己効力感とは?子供が「自分ならできる」と思える力を育てる

報酬系は子供だけの仕組みではない

報酬系やドーパミンによる学習は、子供だけに起こるものではありません。

大人も、新しい仕事を覚えたり、筋力トレーニングを続けたり、料理を工夫したりしながら、結果を予想し、行動を修正しています。

何歳になっても、人は経験から価値を学び、次の行動を変えていきます。

ただし、報酬系が働いたからといって、すべての経験がそのまま長期的な能力になるわけではありません。

経験を繰り返し、その結果を確かめ、必要に応じて行動を修正することで、学習に関わる神経回路の働き方が変化していきます。ドーパミンは、学習に伴うシナプス可塑性を調整する働きにも関係しています。※シナプス可塑性:経験や学習によって、神経細胞同士のつながりの働き方が変化する性質

神経細胞、シナプス、神経回路が経験によってどのように変わるのかについては、別の記事で改めて整理します。

まとめ|「もう一度やりたい」は、脳が価値を学んだサイン

報酬系は、ご褒美をもらって喜ぶためだけの仕組みではありません。

自分にとって何に価値があり、どの行動を次に選ぶのかを学ぶ仕組みです。

ドーパミンも、単なる快楽物質や、やる気を発生させるホルモンではありません。

予想と結果の違いを手がかりに学習を調整し、価値のある結果へ向かって行動する意欲を支えています。

子供に必要なのは、ただ褒められる経験だけではありません。

自分で予想し、試し、失敗し、直し、結果を確かめる経験です。

「やった!」

その一言の前には、脳が価値を学ぶ大切な過程があります。

この記事で参考にした研究・資料

・Wolfram Schultz「Dopamine reward prediction error coding」
・Kent C. Berridgeらによる「liking」と「wanting」に関する研究
・ドーパミンと努力・意欲的行動に関する研究
・ドーパミンと長期的なシナプス可塑性に関する総説

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