夏の厳しい暑さが続いていたある日。
教室から教室へ移動し、3教室目の授業が始まる前、ちょっと子供たちに甘えて、こんなことを言いました。
「今日は先生、ちょっと疲れ気味やから、みんなエエ子で授業してな」
すると、一人の子がすかさず言いました。
「先生、甘いもん食べたらええねん!」
私は「ほんまかぁ?」と返し、にぎやかにその日の授業が始まりました。
「疲れたときには甘いもの」
昔からよく聞く話です。
脳のエネルギー源はブドウ糖なのだから、疲れた脳に甘いものを入れるのは理にかなっているようにも思えます。
でも、本当に甘いものを食べれば、頭がすっきりして集中力が戻るのでしょうか。
調べると、あの子の一言は間違いではありませんでした。
ただし、少しだけ説明を付け加える必要がありそうです。
脳はブドウ糖を主なエネルギー源にしている
「脳には糖が必要」は本当
私たちが食事から摂った炭水化物は、消化・吸収され、主にブドウ糖となって血液中を運ばれます。
脳は通常、このブドウ糖を主なエネルギー源として働いています。神経細胞が情報をやり取りし、考えたり覚えたりするためにも、エネルギーが必要です。
その意味では、
疲れた脳には糖が必要
という考え方は、まったくの間違いではありません。
ただし、ここで注意したいのは、脳に必要な糖と、砂糖を多く含む甘いものは同じ意味ではないということです。
ご飯、パン、麺、いも類、果物などに含まれる炭水化物も、体内で消化されてブドウ糖になります。
脳がブドウ糖を使うからといって、チョコレートやジュース、ラムネをたくさん口にすればよいわけではありません。
「糖が必要」と「甘いものが必要」は違う
甘いものを食べると、すぐに元気が出たように感じることがあります。
空腹が和らぐことに加え、甘味による満足感もあるためでしょう。
低血糖のように血糖値が実際に低くなっている場合には、糖分の摂取が必要になることもあります。ただ、普通に食事をしている健康な子供や大人が、少し疲れたからといって、脳の燃料が完全に切れているとは限りません。
疲れの原因は、糖の不足だけではないからです。
睡眠不足、暑さ、長時間の作業、同じ姿勢、緊張、注意力の消耗など、いくつもの要因が重なって「頭が疲れた」と感じることがあります。
その状態で甘いものだけを急いで補給しても、疲れの原因そのものが解消されるとは限りません。
甘いものを一気に食べればよいわけではない
血糖値は食後に上がり、インスリンによって調節される
糖質を含む食品を食べると、血液中のブドウ糖が増え、血糖値が上がります。
すると、膵臓からインスリンというホルモンが分泌され、ブドウ糖が細胞に取り込まれるよう働きます。こうして、血糖値は一定の範囲に保たれています。
血糖値が上がること自体は、食事をすれば起こる正常な反応です。
問題は、空腹時に甘い飲み物や菓子を一度にたくさん摂るなどして、血糖値を急激に変化させる食べ方が習慣になることです。
食品によって、食後の血糖値の上がり方には違いがあります。その目安の一つが、GI(グリセミック・インデックス)です。
GIは、炭水化物を含む食品を食べた後、血糖値がどのくらい速く上がるかを示す指標です。
「血糖値スパイク=必ず集中力低下」ではない
最近は、食後に血糖値が急上昇し、その後大きく下がる状態を「血糖値スパイク」と表現することがあります。
ただし、ここは少し慎重に考えなければなりません。
血糖値の大きな変動と認知機能との関係は、糖尿病のある人を中心に研究されています。低血糖や著しい高血糖が、注意力や判断力に影響することは知られていますが、健康な子供が甘いものを一度食べただけで、必ず集中できなくなるとまでは言えません。
したがって、
甘いものを食べると逆に脳が疲れる
と一律に決めつけるのも正確ではないでしょう。
大切なのは、甘いものを「集中力を生み出す特効薬」と考えないことです。
集中力を支えるのは「一発補給」より毎日の食事
朝食や食物繊維を含む食事の役割
食後の血糖値を安定させる方法として注目されているものに、「セカンドミール効果」があります。
これは、最初に食べた食事の内容が、次の食事を食べた後の血糖反応にも影響するという考え方です。
例えば、大麦など食物繊維を含む低GIの食事を摂った後は、次の食事後の血糖上昇が抑えられたという研究があります。もっとも、食品の種類や対象者によって結果は異なるため、「この朝食なら一日中集中できる」と単純化はできません。
それでも、甘いものを一気に食べて調子を立て直そうとするより、
- 規則的な食事を基本にする
- 主食だけでなく、たんぱく質や野菜も組み合わせる
- 食事の間隔を極端に空けない
- 睡眠をきちんと取る
といった日々の生活を整える方が、集中しやすい状態を支える基本になるでしょう。
子供のおやつは「栄養を補う時間」
子供にとっての間食は、単なる楽しみではありません。
成長期には、3回の食事だけでは摂りきれないエネルギーや栄養素を補う機会にもなります。
厚生労働省の情報でも、乳製品や果物などを組み合わせることで、エネルギーだけでなく、ビタミンやミネラルなども補えると紹介されています。
例えば、
- 無糖または甘さを抑えたヨーグルト
- 果物
- チーズ
- 小さなおにぎり
- 年齢やアレルギーに配慮したナッツ類
などが候補になります。
「最高のおやつ」が一つだけあるわけではありません。
年齢、運動量、夕食までの時間、体質、アレルギーなどによって、適した内容や量は変わります。
また、小さな子供にナッツ類を与える場合は、窒息や誤嚥にも十分な注意が必要です。
ラムネやチョコレートは食べてはいけないのか
ここまで読むと、「では、勉強前のラムネやチョコレートはダメなのか」と思われるかもしれません。
そういう話ではありません。
甘いものには楽しみがありますし、少量を味わって気分転換になることもあります。
大切なのは、
甘いものを食べれば、脳に糖が届いて集中力が必ず復活する
と期待しすぎないことです。
甘い飲み物や菓子だけで空腹を埋めるのではなく、普段の食事を基本にし、量を決めて楽しむ。
それくらいの距離感がよいのではないでしょうか。
厚生労働省の「食事バランスガイド」では、菓子や嗜好飲料は一日200キロカロリー程度が目安とされています。ただし、これは年齢や活動量に関係なく、全員が毎日200キロカロリー摂ることを勧める数字ではありません。食事全体とのバランスを考えるための目安です。
「先生、甘いもん食べたらええねん!」は半分正解
あの日、子供が言った、
「先生、甘いもん食べたらええねん!」
という言葉は、半分は正解でした。
脳は確かにブドウ糖を主なエネルギー源として働いています。
けれども、疲れたときに甘いものを一気に食べれば、集中力がすぐに戻り、そのまま長く続くとは限りません。
睡眠、食事、水分、休憩、そして学習する環境。
集中力は、そうした条件が重なって生まれます。
子供の何気ない一言に「ほんまかぁ?」と返したところから、私もあらためて糖と脳の関係を調べることになりました。
次に同じことを言われたら、こう答えるかもしれません。
「甘いもんもええけど、まず先生、ちょっと休んだ方がええかもな」
それでは授業になりませんが。
この記事で参考にした資料
この記事では、次の書籍・研究・公的情報を参考にしました。
- 岩見謙太朗『ハーバード、ペンシルベニア、スタンフォード… 科学的に認められた 疲労回復大全』実務教育出版
- Mergenthaler P.ほか「Sugar for the brain: the role of glucose in physiological and pathological brain function」
- Dienel GA「Brain Glucose Metabolism: Integration of Energetics with Function」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「お菓子や間食の取り入れ方」
- 厚生労働省「みんなで知ろう!からだのこと 第4回 糖尿病ってなぁに?」
- Liljeberg HGM.ほか「Effect of the glycemic index and content of indigestible carbohydrates of cereal-based breakfast meals on glucose tolerance at lunch」
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