長友選手の涙から考えた「思いやり」|一人の中学生の忘れられない作文

子供・教育

サッカー男子ワールドカップ2026の日本代表メンバーが発表されたとき、長友佑都選手の姿が忘れられません。

自身5度目となるワールドカップ代表。

ところが、自分の名前が呼ばれたときには大きく表情を変えなかった長友選手が、その後、メンバー発表が進むなかで涙を見せました。

長く日本代表でともに戦ってきた選手の中に、最後まで名前を呼ばれなかった数名の選手がいたのです。

あの涙が何を意味していたのか、本当のところは長友選手にしか分かりません。

でも、その姿を見ていた私は、「人を思いやる」ということについて、ずいぶん前の出来事を思い出しました。

入試対策の一環として、中学3年生に作文を書かせたときのことです。

「思いやり」について書いた一人の中学生

課題は、こんなものでした。

「他人を思いやる心を持ちましょうなどという言葉を耳にしたことがありませんか。思いやりということについて、あなたの意見を300字以内で述べてください。」

一人の女の子が書いた作文を読んで、私は驚きました。

その子は寡黙で、成績は中くらい。私もそれまで、ほとんど会話をしたことがありませんでした。

ところが、作文には、教室では知ることのできなかった、その子の深く優しいまなざしがありました。

お父さんが大きな病気をして入院したとき、お母さんは仕事を終えてから電車に乗り、病院へ通っていたそうです。

立ち仕事で疲れているのに、それでも病院へ行く。

その姿を見て、その子は、お母さんがお父さんのことをとても心配しているのだと感じていました。

そして、作文の最後には、こんな言葉がありました。

「私も他人を思いやる心を持っている大人になれたらいいなと思いました。」

私は、心を揺さぶられました。

普段ほとんど言葉を交わすことのなかった子が、家ではこんなにも母親の行動を見つめ、その気持ちを考えていた。

子供の内面は、教室で見えている姿だけでは分からない。

そんな当たり前のことにも、改めて気づかされた作文でした。

「思いやりを持ちなさい」と言われたからではない

もう一つ、強く印象に残ったことがあります。

その子は、「思いやりとは○○です」と説明していたわけではありません。

お母さんの行動を見て、

「お父さんのことをとても心配しているんだな」

と感じ、

「私もそんな大人になりたい」

と書いたのです。

子供には、

「人には優しくしなさい」
「相手の気持ちを考えなさい」
「思いやりを持ちなさい」

と言葉で教えることができます。

もちろん、それも大切です。

でも、子供は大人の言葉だけを聞いて育っているわけではありません。

大人が実際にどう振る舞っているのかも、見ています。

子供は大人の行動からも学ぶ

発達心理学には、他者の行動を観察することを通して学ぶ「観察学習」や「モデリング」という考え方があります。

幼い子供を対象にした研究でも、大人が人を助ける行動を見た子供が、その後、別の場面で援助行動を示しやすくなったという報告があります。

また、これまでの多くの研究をまとめたメタ解析でも、人を助けたり、分け合ったりする「向社会的行動」を他者がするのを見ることと、その後の援助行動につながりうることが示されています。

あの生徒が、お母さんの姿を見たから「思いやりのある子になった」とまで言えません。子供の育ちには、家庭、学校、友人関係、本人の気質など、さまざまなものが関わるからです。

それでも、あの作文を思い出すたびに考えます。

子供は、大人が思っている以上に、大人の姿を見ているのかもしれない。

子供に何を言うか。そして、どんな姿を見せるか

教育に携わっていると、どうしても「子供に何を教えるか」を考えます。

でも、ときには、

私たち大人が、子供の前でどう振る舞っているか。

そちらを考えることも大切だと思います。

あの生徒のお母さんは、子供に思いやりを教えようとして病院へ通っていたわけではありません。

ただ、大切な人を心配し、仕事を終えてから病院へ向かっていた。

その姿を、子供は見ていました。

そして、

「私も他人を思いやる心を持っている大人になれたらいいな」

と書いた。

思いやりとは何か。

難しい言葉で説明するより、あの中学生の作文の方が、私にはずっと分かりやすく教えてくれた気がします。

長友選手の涙を見ながら、久しぶりにあの作文を思い出しました。

この記事を書くために確認した研究・資料

Williamson RA, Donohue MR, Tully EC
Learning how to help others: Two-year-olds’ social learning of a prosocial act.
Journal of Experimental Child Psychology, 2013.
→ PubMed

Jung H, Seo E, Han E, Henderson MD, Patall EA
Prosocial modeling: A meta-analytic review and synthesis.
Psychological Bulletin, 2020.
→ PubMed

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