一人でランチを済ませ、お店を出ようとしたときのことです。
向こうから、高齢のご夫婦と十歳くらいの男の子がやってきました。
ドアは、押しても引いても開くスウィングドアです。
私はドアを引き、「どうぞ。」というつもりで体を横へ寄せました。
すると、その男の子が満面の笑顔でドアを押さえ、今度は私に先へ行くよう促したのです。
一瞬、迷いました。
このままお互いに「どうぞ。」を続けると、かえってその場の時間が止まってしまいます。
「ありがとう。」
そう言って、私は一歩踏み出し、足早に店を出ました。
後ろでは、ご夫婦が笑顔で見送ってくれています。
私も自然と笑顔になっていました。
ほんの数秒の出来事です。
でも、その場にスーッとそよ風が吹いたような気がしました。
人に道を譲ったり、譲られたりすることは、日常の中で時々あります。
でも、今回は少し違いました。
こんなふうに、小さな少年から先を譲られたのは初めてだったからです。
もちろん、私が高齢者に見えたわけではありません。
……たぶん(笑)。
私の方がドアに近かったので、「どうぞ。」と思ってくれたのでしょう。
あるいは、おじいちゃん、おばあちゃんの前で、ちょっと格好いいところを見せたかったのかもしれません。
でも、その何気ない気遣いが、とても嬉しかったのです。
脳科学では、人から親切にされたり、感謝を伝え合ったりすると、人とのつながりに関わる脳の働きが活発になることが分かっています。
安心感や信頼感に関わるオキシトシンなどが、その一つです。
だからでしょうか。
あの日の出来事は、家に帰ってからも、翌日になっても、心の中に残っていました。
少なくとも24時間、いい気分でした。
あの少年は、きっと特別なことをしたつもりはなかったのでしょう。
私も、「ありがとう。」と言って店を出ただけです。
でも、その何気ない「どうぞ。」は、一人のオヤジを少なくとも一日は幸せな気分にしてくれました。
人の優しさは、その場で終わるものではありません。
誰かの心の中で、そよ風のように吹き続けることがあるようです。
あの日、私の世界は、また少しだけ広がりました。
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