「3歳までにできないとダメ?」子供の神経回路はどう育つのか

大人に

「3歳までに、基本的な生活習慣を身につけましょう」

そんな情報を目にして、

「うちの子は、まだできないことがあります。大丈夫でしょうか」

と相談されることが、これまで何度もありました。

相談に来られるお母さんは、決して神経質な方ばかりではありません。

むしろ、子供のことをよく見て、よく考えている真面目なお母さんたちでした。

だからこそ、「3歳までに」という言葉が気になるのでしょう。

▶関連記事:CDC「3歳の発達マイルストーン」

私が子供を見るとき、まず考えていたのは、

「3歳なのに、まだできない」

ではありません。

「この子は、今どこまでできているのだろう」

でした。

子供の発達は、年齢とともに階段を一段ずつ上がるように、みんな同じ速さで進むわけではありません。

そのことは、脳の発達から考えてもよく分かります。

今回は、子供の脳に作られていく「神経回路」について考えてみましょう。

「できない」には、いろいろな理由がある

幼い子供の生活習慣には、排泄、睡眠、食事、着替え、手洗いや歯磨きなど、少しずつ身につけていきたいことがたくさんあります。

ただし、「○歳になったら、これができる」と単純に線を引けるものではありません。

たとえば、一人で服を着ることはできるのに、脱ぐことがうまくできない子がいたとします。

服を着ることができているなら、手指を細かく動かす力はある程度育っていると考えられます。

では、服を脱ぐときに必要な身体の大きな動きはどうだろう。

そんなふうに、できないことだけを見るのではなく、すでにできていることも手掛かりにして、どこでつまずいているのかを見ていきます。

もちろん、原因は身体の動きだけとは限りません。

手順を理解しているか、こちらの話を聞いて行動できるか、そうした経験に慣れているかなど、いろいろな可能性があります。

だから、私は、できないことをただ繰り返させるのではなく、

「この子は、今、どこまでできているのだろう」

と考えるようにしてきました。

そして、必要なら一段手前まで戻る。

そこができるようになれば、次へ進む。

一つの「できない」の背景には、いくつもの力が関係しています。

なぜ、一つのことができるようになるために、こんなにいろいろな力が必要なのでしょう。

その理由を考えるヒントの一つが、脳の「神経回路」です。

神経細胞は、一つでは働かない

脳の中には、たくさんの神経細胞(ニューロン)があります。

でも、一つひとつの神経細胞が、

「着替え担当」

「ことば担当」

「我慢担当」

と独立して仕事をしているわけではありません。

神経細胞は、ほかの神経細胞と情報をやり取りしながら働いています。

その情報を受け渡す重要な場所が「シナプス」です。

とても簡単にすると、

神経細胞 → シナプス → 神経細胞

というつながりが、複雑なネットワークを作っています。

これが「神経回路」です。

見る。聞く。触る。身体を動かす。覚える。考える。

私たちが何かをするときには、脳のさまざまな場所が関わり、情報をやり取りしています。

だから、「これができないから、脳のここが育っていない」と簡単に決めつけることはできません。

神経回路づくりは、生まれる前から始まっている

では、この神経回路はいつ作られるのでしょうか。

実は、5歳や6歳になってから作られ始めるわけではありません。

神経細胞が作られ、適切な場所へ移動し、神経同士がつながっていく脳の基本的な仕組みは、胎児期から始まっています。

そして生まれたあと、神経細胞同士をつなぐシナプスが非常に活発に作られていきます。

そう聞くと、

「では、シナプスは多ければ多いほど、頭がよくなるの?」

と思われるかもしれません。

でも、そう単純ではありません。

脳は「たくさんつないで終わり」ではない

発達初期の脳では、たくさんのシナプスが作られます。

その一方で、発達とともに神経細胞同士のつながりは整理されていきます。

これを「シナプスの刈り込み」と呼びます。

脳は、

つながりを作る

経験の中で使う

強まったり、弱まったりする

使われ方や発達に応じて、つながりが選択的に整理される

神経回路が洗練されていく

という、とても複雑な変化を続けています。

ですから、

「神経回路がたくさんつながる=賢い脳」

とは言えません。

大切なのは、ただつながりを増やすことではなく、経験を重ねながら脳のネットワークが変化し、整えられていくことなのです。

子供にとって「経験」とは何だろう

「経験が脳の発達に大切」と聞くと、

「では、幼いうちからたくさん勉強させたほうがいいの?」

と思われるかもしれません。

そういう意味ではありません。

幼い子供にとっての経験は、もっと広いものです。

見る。

聞く。

触る。

身体を動かす。

人とやり取りする。

自分でやってみる。

失敗する。

もう一度やってみる。

こうした日常の一つひとつも、子供にとっては経験です。

大人が一方的に「刺激」を与えれば脳が育つ、という単純な話でもありません。

子供が何かをする。

大人がそれに応える。

子供がまた反応する。

そんな人とのやり取りも、発達する子供の脳にとって大切な経験の一つです。

「5、6歳から前頭前野が発達する」は本当?

私は以前、保護者の方に、

「5、6歳ごろから、前頭前野の発達が顕著になります」

という説明をすることがありました。

現在の研究を踏まえると、少し言い換えたほうが正確です。

前頭前野の発達は、5、6歳になって突然始まるわけではありません。

もっと早い時期から発達は進んでいます。

一方、幼児期には、

「少し我慢する」

「話に注意を向ける」

「頭の中に覚えておく」

「うまくいかなければ、やり方を変える」

といった力が大きく伸びていきます。

こうした力は「実行機能」と呼ばれ、前頭前野を含む脳のネットワークが深く関わっています。

そして、この発達は5、6歳で完成するわけでもありません。

その後も長く続いていきます。

ですから、今なら私は、

「5、6歳になったら脳が急に育ち始めるのではありません。それまでの経験も、その後の経験も、長い脳の発達の一部です」

と説明します。

「何歳までに」より、「今どこまでできている?」

発達の目安を知ることは大切です。

「このくらいの年齢になると、こんなことができる子が増えてくる」

という情報は、子供の成長を見る手掛かりになります。

でも、目安は合格ラインではありません。

「3歳になったのに、まだできない」

と、それだけで焦る必要はありません。

かといって、

「個人差があるから、何もしなくてもいい」

ということでもありません。

まず、

「この子は、今どこまでできている?」

を見てみる。

できているところが分かれば、次の一歩を考える。

うまくいかなければ、

「なぜだろう?」

と考えてみる。

必要なら一段戻って、その土台になる経験を積む。

そして、できるようになったら、また次へ進む。

私は長年、そんなふうに子供たちを見てきました。

子供の脳もまた、「○歳になったら突然完成する」という育ち方をしているわけではありません。

神経回路を作り、使い、整えながら、少しずつ変化を続けています。

「何歳までにできるか」だけではなく、

昨日までできなかったことが、今日は少しできた。

そんな小さな変化にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

子供の「次の一歩」は、そこから見えてくるのかもしれません。

この記事を書くにあたって参考にした研究・資料

・Center on the Developing Child at Harvard University
「Brain Architecture」「Serve and Return」

・Huttenlocher PR, Dabholkar AS.
Regional differences in synaptogenesis in human cerebral cortex. Journal of Comparative Neurology, 1997.

・Tierney AL, Nelson CA.
Brain Development and the Role of Experience in the Early Years. Zero to Three, 2009.

・Moriguchi Y, Hiraki K.
Prefrontal cortex and executive function in young children: a review of NIRS studies. Frontiers in Human Neuroscience, 2013.

・Center on the Developing Child at Harvard University
Building the Brain’s “Air Traffic Control” System: How Early Experiences Shape the Development of Executive Function.

・Centers for Disease Control and Prevention(CDC)
Developmental Milestones

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