風鈴を見ると、なぜ風まで感じる?|「予測する脳」と経験の不思議

暮らし・好奇心

今年も梅雨が早く明け、暑い夏がやってきましたね。

先日、テレビのワイドショーで全国各地の風鈴が紹介されていました。ガラスの風鈴、南部鉄器の風鈴、陶器の風鈴……。

眺めているうちに、不思議な感覚になりました。

あれ? やさしい風を感じる。風鈴の音まで聞こえるような気がする。

もちろん、部屋に風が吹いているわけではありません。目の前に本物の風鈴があるわけでもありません。

それなのに、

「風が吹いているなあ」
「チリ〜ン、チリ〜ンという音が聞こえてきそうだ」

そんな気持ちになったのです。

実際には目の前にない風や音まで感じるような気がする。

これは、どういうことなのでしょう。

脳は、入ってきた情報だけで世界を見ているわけではない

認知科学・神経科学には、私たちの知覚を、外から入ってくる感覚情報だけで説明するのではなく、それまでの経験などから生まれる予測とのやり取りによって捉える考え方があります。

認知科学者のAndy Clarkは、脳が外から入ってくる感覚情報と、それまでの経験などをもとにした予測を照らし合わせながら知覚している、という考え方を論じています。

たとえば、何度も風鈴を見たり聞いたりした経験があれば、

風鈴が揺れる。
音が鳴る。
風が吹いている。

そんな経験が、私たちの中で結び付いていきます。

だから、テレビに映った風鈴を見ただけなのに、過去の経験から生まれた予測が働き、風や音まで感じるような気がしたのでしょう。

目の前にあるものを、そのまま受け取っているだけではない。これまでの経験も使いながら、私たちは「今」を感じている。

「予測する脳」という考え方を知ると、テレビの前で感じた不思議が、少し分かるような気がしました。

同じ風鈴を見ても、感じるものは同じとは限らない

ここで、子供たちのことを考えました。

私は風鈴を見ると、音や風まで思い浮かべました。でも、すべての人が同じように感じるとは限りません。

風鈴を実際に見た経験。風に揺れる音を聞いた経験。夏祭りで見た記憶。家の軒先で鳴っていた記憶。

そうした経験は、一人ひとり違います。当然、子供にもそれぞれ違った経験があります。

ですから、

「子供は大人より想像できない」

と単純に考えるのではなく、

同じものを見ても、それまでにどんな経験をしてきたかによって、思い浮かぶことは違う。

私は、こちらの方がおもしろいと思います。

そして、経験が関係するのは、目の前のものをどう感じるかだけではありません。

新しいことを学ぶときにも、それまでの経験や知識が力を発揮します。

子供たちの「ああ、あれやん!」

子供たちと接する中で、実際に見たり、触ったり、聞いたりする経験を大切にしてきました。

知らない鳥に出会う。海で波の音を聞く。山で風を感じる。料理の匂いをかぐ。

そして、

「これ何?」「どうして?」と疑問を持つ。

保護者には、こうした経験を「五感を磨く」と表現して、その大切さを伝えてきました。

こうした経験が、あとになって本や授業で得た新しい知識とつながることがあります。

「ああ、あれやん!」

私は、そんな場面を子供たちの中に何度も見てきました。

調べてみると、この「ああ、あれやん!」は、学習や記憶についての研究ともつながっていました。

私たちは、新しいことをまっさらな状態から学んでいるわけではありません。それまでに持っている知識は、新しく入ってきた情報を理解したり、記憶したりするときの土台になります。発達認知神経科学の研究でも、既有知識が新しい情報の理解や記憶に関わることが示されています。

大学生を対象に、実際の授業内容に関係する新しい情報を学んでもらった研究では、すでに持っている知識と関連する情報の方が、関連しない情報より24時間後によく記憶されていました。

また別の研究では、新しいことを学ぶときに、それ以前に学んだ関連情報を思い出すことが、新旧の情報を結び付け、その後の記憶を助けていました。

つまり、子供が実際に見たり、聞いたり、触ったりした経験は、そこで終わるとは限りません。

あとから新しいことを知ったとき、

「ああ、あれやん!」

と結び付けられる材料になる。

経験が多ければ多いほど勉強ができる、という単純な話ではありません。大切なのは、新しいことを知ったときに、それまでの経験や知識と結び付けられることです。

だから私は、知識を教えることだけでなく、実際に見る、触る、聞く、試してみる経験も大切にしてきたのです。

「知っている」と、見えるものが変わる

これは、子供だけの話ではありません。

少し前、私は木花の名前を一つ知っただけで、それまで何となく通り過ぎていた木に目が止まるようになりました。

名前を知る前とあとで、木そのものが変わったわけではありません。

変わったのは、私の見え方です。

風鈴も、どこか似ています。

テレビ画面に映っていたのは風鈴です。でも、私の中には、これまでに見たり聞いたりしてきた風鈴の経験があります。

それが、映像を見たときの私の感じ方に関係していたのでしょう。

人は、目の前にあるものだけから世界を感じ取っているわけではない。過去の経験も、今の感じ方に関わっている。

そして、その経験や知識は、次に新しいことを知るときにも使われる。

そう考えると、何気ない日々の体験も、ちょっと違って見えてきます。

風鈴から考えた、経験の意味

テレビで風鈴を見ただけなのに、風や音まで感じるような気がした。

そんな自分自身の小さな体験から、今回は「知覚」と「経験」について調べてみました。

調べた研究から言えるのは、私たちの知覚には、外から入ってくる感覚情報だけでなく、それまでの経験から生まれる予測も関わっている、ということです。

そしてもう一つ。

それまでに得た知識や経験は、新しいことを理解し、記憶していくための土台にもなります。

子供たちと接する中で大切にしてきた、見る、聞く、触る、やってみるという経験。

あとになって新しいことを知ったとき、

「ああ、あれやん!」

とつながる。

今回調べた研究を読みながら、子供たちの中で何度も見てきたこの瞬間を思い出しました。

テレビに映った風鈴から、ずいぶん話が広がりました。

今度、本物の風鈴を見かけたら、少し立ち止まって、本当の「チリ〜ン」を聞いてみようと思います。

この記事を書くにあたって参考にした研究・資料

Clark A
Whatever next? Predictive brains, situated agents, and the future of cognitive science.
Behavioral and Brain Sciences, 2013.
→ Cambridge University Press

Brod G, Werkle-Bergner M, Shing YL
The Influence of Prior Knowledge on Memory: A Developmental Cognitive Neuroscience Perspective.
Frontiers in Behavioral Neuroscience, 2013.
→ Frontiers

van Kesteren MTR, Rijpkema M, Ruiter DJR, Morris RGM, Fernández G
Building on prior knowledge: schema-dependent encoding processes relate to academic performance.
Journal of Cognitive Neuroscience, 2014.
→ PubMed

van Kesteren MTR, Krabbendam L, Meeter M
Integrating educational knowledge: reactivation of prior knowledge during educational learning enhances memory integration.
npj Science of Learning, 2018.
→ Nature

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