ここ2、3日で、急に秋めいてきました。
そんな日の午後、学校帰りの子供たちを見かけました。
「あぁ、新学期か。もう夏休み終わったんや」
9月に入ったことは、もちろん分かっています。それでも、小中学生の夏休みが終わったことを、そのとき初めて実感したような不思議な気持ちになりました。
今年の夏は暑くて旅行する気にもならず、帰省することもありませんでした。娘たちが帰ってくることもなく、これといった夏の区切りがないまま過ぎていきました。
実は、私は夏が好きです。
子供のころ、海水浴によく連れて行ってもらったわけでもありません。
中学時代には野球部で、7月、8月は一日も休みなし。朝7時から夜7時まで練習という、今から思えば「あほか」と言いたくなるような夏を過ごしていました。
それでも、なぜか夏が好きなのです。
だからでしょうか。
夏休みが終わったと気づくと、熱い季節が過ぎていくような、少し寂しい気持ちになります。
そんなときでした。
どこからともなく、頭の中に昔のメロディーが流れ始めました。
吉田拓郎の「夏休み」です。
しかも、一度流れ始めると、同じところが何度も繰り返されます。
ずっと聴いてきた歌でもないのに
気になって、久しぶりに「夏休み」を聴いてみました。
「こんなに古い感じの曲やったんか」
少し驚きました。
曲が変わったはずはありません。変わったのは、半世紀近い時間を過ごしてきた私の方なのでしょう。
しかも、吉田拓郎をずっと聴き続けてきたわけではありません。
高校生になるころには洋楽、とくにジャズに傾倒していきました。ソニー・ロリンズやマイルス・デイヴィス。キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』などは、今でもかなりハミングで追えるほどです。
いつ、どの音楽を、どんな順番で好きになったのか。
そこまで正確には覚えていません。
昔のことですから。
それなのに、夏の終わりを感じた日に、どこからともなく頭の中に流れてきたのは、吉田拓郎の「夏休み」でした。
なぜ、こんなことが起こるのでしょう。
頼んでもいないのに、頭の中で音楽が鳴る
自分から思い出そうとしたわけでも、歌おうとしたわけでもないのに、頭の中で音楽が鳴り始める。
しかも、短いメロディーなどが何度も繰り返されることがあります。私だけ?
俗に「イヤーワーム」と呼ばれる現象です。
こうした現象は研究の対象にもなっていて、2020年に発表されたレビューでは、33本の論文に含まれる47の研究が検討されています。
なんだ。
何度も同じメロディーが頭の中を回っているのは、私だけではなかったようです。
ただし、なぜ同じ部分が繰り返されるのかについては、まだ十分に分かっていないこともあります。
「脳はこういう仕組みだから繰り返す」と簡単に説明しない方がよさそうです。
音楽は昔の記憶を連れてくることもある
さらに、音楽と記憶について調べていて興味をひかれた研究があります。
昔の曲を聴いた瞬間、そのころにいた場所や、一緒にいた人、出来事などが突然よみがえった経験はないでしょうか。
60歳から86歳の健康な人82人を対象にした2025年の研究では、1950年代から1990年代の曲など140曲の一部を聴いてもらい、呼び起こされた記憶を調べました。
すると、若いころの自伝的な記憶が、ほかの人生の時期より多く呼び起こされました。
思い出されたのは音楽そのものだけではありません。
歌ったこと、踊ったこと、音楽を聴いたこと。そして、そのころの人や場所なども含まれていました。
音楽は、ときに昔の自分や風景へたどり着く手がかりにもなるようです。
若いころの記憶がよみがえる「レミニセンス・バンプ」
もう一つ、今回調べていて出会った言葉があります。
レミニセンス・バンプ です。
中高年以降の人に自分の人生を振り返ってもらうと、おおむね10歳から30歳ごろの記憶が比較的多く思い出されることが知られています。
68の研究をまとめた系統的レビューでも、この現象が確認されています。
日本の高齢者を対象にした研究でも、レミニセンス・バンプは確認されています。
ただし、
「若いころは脳も若かったから、強く記憶できたんや」
と単純に説明できるものではありません。
自分がどんな人間なのかが形づくられていく時期だったこと、その後の人生に関わる出来事が多いこと、文化的な影響など、いくつかの説明が考えられています。
なぜ起こるのかについて、一つの答えに決着しているわけではありません。
これも、私の頭の中で「夏休み」が流れ始めた理由を直接説明してくれるわけではありません。
ただ、若いころの音楽や記憶には、どうやら面白い特徴があるようです。
夏の終わりに、昔のメロディーが流れてきた
音楽によって感じるノスタルジーについても研究されています。
昔の歌を聴いたときに感じるのは、単純な「楽しい」だけではありません。
懐かしさ、温かさ、そして、ときには少しの寂しさ。
音楽と自分自身の過去との結びつきが、ノスタルジーと関係することも報告されています。
ただ、ここでも私は、
「夏が終わって寂しかったから、脳が吉田拓郎を検索した」
とまで言うつもりはありません。
分かっているのは、あの日の私に起こったことだけです。
秋めいた空気。
学校帰りの子供たち。
「あぁ、新学期か。もう夏休み終わったんや」
そして、どこからともなく頭の中に流れてきた、半世紀前のメロディー。
一度流れ始めると、何度も繰り返します。
久しぶりに聴けば、ずいぶん古い曲に聞こえました。
でも、そのメロディーはまだ私の中にありました。
いつ、どこで、誰と聴いていたのか。
そこはもう曖昧なところもあります。
それでも、曲は出てくる。
記憶というものは、何でもきれいに保存してくれるわけではないのに、ときどき思いがけないものを連れてきます。
夏の終わりにそんなことを考えたのも、年を重ねた楽しみの一つなのかもしれません。
あなたにも、どこからともなく頭の中に流れてくる昔の歌はありませんか。
この記事で紹介した研究・資料
Liikkanen LA, Jakubowski K
Involuntary Musical Imagery as a Component of Ordinary Music Cognition: A Review of Empirical Evidence.
Psychonomic Bulletin & Review, 2020.
→ PubMed
O’Shea M, Salakka I, Pitkäniemi A, et al.
Exploring the Nature of Music-Evoked Autobiographical Memories in Healthy Aging: A Mixed-Methods Study.
Musicae Scientiae, 2025.
→ NIH・PMC
Munawar K, Kuhn SK, Haque S
Understanding the Reminiscence Bump: A Systematic Review.
PLOS ONE, 2018.
→ PubMed
槙 洋一・仲 真紀子
高齢者の自伝的記憶におけるバンプと記憶内容
心理学研究, 2006.
→ J-STAGE
Barrett FS, Grimm KJ, Robins RW, et al.
Music-Evoked Nostalgia: Affect, Memory, and Personality.
Emotion, 2010.
→ PubMed


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