「今日は気持ちいいなぁ。」
梅雨とは思えない青空が広がった朝、そんな気分になりました。
午前は予定もなかったので、久しぶりにバイクを引っ張り出し、国道2号線を須磨から垂水までゆっくり走ることにしました。
海は穏やかで、潮風が心地よく吹いています。潮の香りを感じながらペダルを少し踏み込みました。
急ぐ理由もありませんし、誰かと競争するわけでもありません。
ただ、自分の好きな速度で走るだけです。
不思議なことに、走り始めて10分ほどすると、頭の中にあった仕事やブログのこと、細かな心配事が少しずつ薄れていきました。
「あぁ、気持ちいい。」
この一言が自然に出ました。
家に帰る頃には、体は少し疲れているのに、心は驚くほど軽くなっていました。
私は長年、子供たちの脳の発達について学び、指導してきました。でも、最近は、自分自身の脳の変化を楽しむ年代になりました。
だからこそ思います。
この気持ちよさは、決して気のせいではありません。
きっと脳の中では、私たちを元気にしてくれる物質が、たくさん働いていたのでしょう。
今日は、その理由を脳科学の視点から考えてみたいと思います。
「気持ちいい」は脳からのご褒美
運動すると脳では何が起きている?
ウォーキングやサイクリング、軽いジョギングなどの有酸素運動をすると、脳ではさまざまな変化が起こります。
代表的なのが、ドーパミンです。
ドーパミンは「やる気ホルモン」と紹介されることもありますが、実際には「またやりたい」という意欲や、達成感・快感に深く関わる神経伝達物質です。
運動を終えた後に感じる爽快感や満足感には、ドーパミンが一役買っていると考えられています。
さらに、セロトニンの働きも見逃せません。
セロトニンは気分を安定させる働きがあり、適度なリズム運動によって活性化しやすいことが知られています。
歩く、ペダルをこぐ、ゆっくり泳ぐ。
こうした一定のリズムを繰り返す運動は、脳にとって心地よい刺激になります。
私はバイクに乗っていただけですが、一定の速度で景色が流れ、潮風を感じながら体を動かしている時間は、自然と心を落ち着かせてくれました
「ランナーズハイ」は走る人だけのものではない
運動を続けていると、気分が高揚し、ストレスが軽くなることがあります。
以前はエンドルフィンの働きが注目されていましたが、近年ではエンドカンナビノイドという体内物質も大きく関わっていることが分かってきました。
難しい名前ですが、役割はシンプルです。
私たちの脳や体に、「気持ちいい」「心地いい」「もう少し続けたい」という感覚をもたらす仕組みの一つです。
もちろん、激しい運動をしなければ分泌されないわけではありません。
自分に合った強さで、「楽しい」と感じられる運動を続けることが大切だと考えられています。
私がこの日感じた幸福感も、こうした脳の働きが重なって生まれたものだったのでしょう。
シニアだからこそ「競わない運動」を楽しみたい
勝つことより、「気持ちいい」が脳を育てる
若い頃は、スポーツといえば勝ち負けがつきものでした。
私も学生時代は、運動部。厳しい練習の中で技術や体力を磨いてきました。
試合に勝てばうれしい。
負ければ悔しい。
その経験は人生の財産です。
でもオヤジになった今、運動に求めるものは少し変わりました。
「今日も気持ちよかった。」
その一言で十分なのです。
脳科学の世界では、「楽しい」「またやりたい」という前向きな感情は、行動を続ける大きな原動力になることが分かっています。
「健康のためだから頑張ろう」と義務感だけで始めた運動は、長続きしないことが少なくありません。
一方で、「海が見たい」「風を感じたい」「気分転換したい」という気持ちから始めた運動は、不思議と続きます。
脳が「これは心地いい体験だ」と記憶するからです。
だから私は、シニアにこそ「競わない運動」をおすすめしたいと思います。
脳は筋肉だけでなく、自分自身も育てている
注目されるBDNFという物質
近年、脳科学の分野でよく耳にするのがBDNF(脳由来神経栄養因子)です。
BDNFは、神経細胞同士のつながりを保ち、新しい学習や記憶を支える重要なたんぱく質として知られています。
適度な有酸素運動を続けることでBDNFが増えやすくなることが、多くの研究で報告されています。
もちろん、「今日はバイクで30分走ったからBDNFが何%増えた」というような話ではありません。
しかし、体を心地よく動かす習慣が、脳にとっても良い環境をつくることは、多くの研究が支持しています。
私は子供たちの脳の発達に長く関わってきました。
子供の脳は刺激によって大きく成長します。
でも最近は、「大人の脳も、適切な刺激によって変化し続ける」という考え方が広く受け入れられています。
だから、オヤジも、新しいことに挑戦する意味があるのです。
今日の青空が教えてくれたこと
脳を元気にするのは、特別なことではない
家に帰ってヘルメットを脱いだとき、私はふと思いました。
「今日は、いい一日だった。」
特別な観光地へ行ったわけではありません。
高価な買い物をしたわけでもありません。
国道2号線を、潮風を感じながら、ゆっくり走っただけです。
それなのに、心は満たされていました。
シニアになると、「何か新しいことを始めなければ」と考えがちです。
でも、脳が本当に喜ぶのは、意外と身近なことなのかもしれません。
近所を散歩する。
公園を歩く。
好きな景色を見に行く。
夫婦でランチを楽しむ。
そんな時間が、ストレスを和らげ、心を整え、明日への活力につながっていくのでしょう。
私はこれからも、天気のいい日は海を見に行こうと思います。
健康のためではありません。
脳が喜ぶからです。
そして、その積み重ねが、元気に歳を重ねる一番の近道なのではないかと感じています。
まとめ
競わない運動には、不思議な力があります。
それは、記録や順位では測れない「心地よさ」を私たちに与えてくれることです。
適度な運動は、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の働きや、BDNFなど脳の健康に関わる仕組みと関係していることが、多くの研究から分かっています。
「運動しなければ」と肩に力を入れる必要はありません。
まずは、自分が気持ちいいと感じる時間をつくること。
その一歩が、脳への最高のプレゼントになるはずです。
参考にした資料
・『脳を鍛えるには運動しかない』(ジョン・J・レイティ著)
・Cotman CW, Berchtold NC.
Exercise: a behavioral intervention to enhance brain health and plasticity.
・Erickson KI et al.
Exercise training increases size of hippocampus and improves memory.


コメント