秋も深まってきました。今年の夏は泳ぐことがなかったなぁ、と思っていたら、ふと、ある女性のことを思い出しました。
人生初のスイミングスクールで
何年か前の年初、一念発起して人生初のスイミングスクールに通い始めました。
初心者クラスとはいえ、練習は少しずつ難しくなり、年末にはとうとうバタフライに挑戦することに。
年配者が中心のクラスで、みんな右往左往。もちろん、私もその一人でした。
そんな中、ある高齢の女性の泳ぎに目が留まりました。
ここでは、オヨネさん(仮名)と呼ぶことにします。
いつも黙々と練習している、あまり表情を変えない方でした。
ところが、バタフライの練習では、ぎこちなく泳ぐ人が多い中、彼女の泳ぎはとてもスムーズ。両手をシュッと前に伸ばす、しなやかな動きでした。
まるで蝶のよう。バタフライだけに。
コーチの一言で、表情が変わった
その泳ぎを見て、年配のコーチが声をかけました。
「フォームが完璧。カッコいい!」
すると、オヨネさんは照れくさそうにしながらも、嬉しさを隠しきれない様子。
普段は黙々と練習していた方が、その日は終始笑顔でした。
そして、その後の練習も、以前にも増して生き生きとして見えました。上達にも勢いがついたように感じました。
褒められるって、こんなに嬉しいものなんだ。
分かっていたつもりでしたが、目の前で起きた変化に、あらためて驚かされました。
大人だって、褒められて伸びる
以前、テレビCMで「私、褒められて伸びるタイプだから」というようなセリフを耳にした記憶があります。
子供が大人に向かって言っていたような気がするのですが、記憶は定かではありません。
でも、あの言葉、子供だけの話ではなかったのですね。
大人になると、誰かに褒めてもらう機会は、案外少なくなります。まして年齢を重ねれば、なおさらかもしれません。
それでも、新しいことに挑戦して、努力を認められたら嬉しい。
オヨネさんの笑顔が、そのことを教えてくれました。
褒められると、脳では何が起こる?
褒められることは、単に気分をよくするだけなのでしょうか。
実は、褒め言葉と脳の働きについて調べた研究があります。
人は、他者からよい評価を受けると、報酬に関わる脳の領域が活動することが知られています。
また、日本の研究チームは、運動課題を練習した後に褒められた人たちが、翌日のテストで、褒められなかった人たちより大きな技能の改善を示したと報告しています。
つまり、褒め言葉は、その場の嬉しさだけでなく、学習にも関わる可能性があるのです。
もちろん、この研究だけで、オヨネさんの上達がコーチの一言によるものだったとは言えません。
それでも、褒められたときのあの笑顔を思い出すと、研究の話がぐっと身近に感じられます。
脳は、いくつになっても変わり続ける
もう一つ、忘れたくないことがあります。
それは、脳の可塑性です。
可塑性とは、経験や練習によって、脳の働きや神経回路が変化する性質のこと。
子供の脳だけに備わっている能力ではありません。年齢を重ねても、脳には変化する力が残っています。
もちろん、若い頃と同じ速さで何でも習得できるわけではありません。
それでも、繰り返し練習することで、新しい動きを覚えたり、技能を磨いたりすることはできます。
バタフライに挑戦するオヨネさんも、右往左往していた私たちも、まさに新しいことを学んでいる最中だったのです。
みんな、褒めれば伸びる元子供
子供は褒められて伸びる。
そんな言葉をよく耳にします。
でも、子供だけではありません。
大人だって、高齢者だって、努力を認められれば嬉しいし、もう少し頑張ってみようという気持ちにもなります。
みんな、かつては子供でした。
褒められて伸びる子供も、褒められて伸びる元子供もいる。
いくつになっても、誰かの頑張りや成長に気づき、それを言葉にすることを忘れたくありません。
私のスイミングスクール通いは、コロナ禍を機に終了しましたが、オヨネさんの誇らしげな笑顔は、今でも忘れられません。
この記事で紹介した研究・資料
Izuma K, Saito DN, Sadato N
Processing of Social and Monetary Rewards in the Human Striatum.
Neuron, 2008.
→ PubMed
Sugawara S, Tanaka S, Okazaki S, Watanabe K, Sadato N
Social Rewards Enhance Offline Improvements in Motor Skill.
PLOS ONE, 2012.
→ 論文全文(PLOS ONE)
あわせて読みたい
いくつになっても、新しいことに挑戦する楽しさがあります。運動を始めること、続けることについても、こんな記事を書いています。
▶関連記事:何度も続かなかった運動が、なぜ続くようになったのか
「たった2分の運動でも意味はある? 気になって調べてみた」

コメント