「ちゃんとして」「しっかりしなさい」。
子供には具体的に伝えた方がいい――。これは、よく聞く話です。
昔のコラムを読み返していて、ふと引っかかりました。
「ちゃんとしなさい」はダメでも、「ちゃんとできたね」はどうなんだろう?
2011年に書いた二つのコラムを手がかりに、15年後の今、もう一度「ちゃんと」を考えてみます。
2011年、「ちゃんと」について二度書いていた
2011年6月、子供への指示や批評について、こんなことを書いていました。
親から子への指示や批評では、「具体的か」「人格を否定していないか」が大切。
そして、「ちゃんと」「しっかり」と言われても、子供はどうすればよいか分からない。
「ちゃんとって、どういうこと?」
そんなことを聞こうものなら、さらに叱られそうで、分かったふり、反省したふりをする。
だから、子供への助言は「具体的で、前向きに」。
ところが、その翌月。
また「ちゃんと」について書いていました。
そこで、
「ちゃんとしなさい」は×。でも「ちゃんとできたね」は○。
と書いています。
同じ「ちゃんと」なのに、なぜ一方はダメで、一方はいいと考えたのでしょう。
「ちゃんとしなさい」と「ちゃんとできたね」の違い
「ちゃんとしなさい」と言われた子供は、これから何かをしなければなりません。
ところが、肝心の「何をすればいいのか」が言葉の中に入っていません。
大人の頭の中には「ちゃんと」の中身があるはずです。
でも、その中身が子供にも伝わっているとは限りません。
「ちゃんと座って」なら、
「椅子に座って、足を床につけよう」
「ちゃんと片づけて」なら、
「積み木をこの箱に入れよう」
これなら、何をすればよいかが分かります。
分かってほしいことと、伝えたことは同じではありません。
では、「ちゃんとできたね」はどうでしょう。
子供が自分で靴をそろえた。
それを見ていた親が、
「ちゃんとできたね」
と声をかけたとします。
「ちゃんと」という言葉自体は、やはり具体的ではありません。
でも、この親子は今、
「自分で靴をそろえた」
という出来事を共有しています。
だから子供には、何について「ちゃんと」と言われたのかが分かります。
ここで、もう一つ似た言葉があります。
「その調子!」
よく考えれば、これもかなり曖昧です。
「その」って何?
「調子」って何?
具体的な指示は何一つ入っていません。
それでも、何かに取り組んでいる子供の横で、
「そうそう、その調子!」
と言えば、ちゃんと伝わります。
子供も大人も、「今やっていること」を共有しているからです。
問題なのは、「ちゃんと」という言葉が曖昧なことそのものではありません。
「ちゃんと」が何を指しているのか、子供と大人の間で共有できているかどうか。
「ちゃんとしなさい」と「ちゃんとできたね」の大きな違いは、ここにあるのではないでしょうか。
ほめ言葉は「いつ言うか」も大切
子供へのほめ方については、長く研究が続いています。
「頭がいいね」のように子供自身を評価するのか、「よく考えたね」「頑張ったね」のように取り組み方や過程を評価するのか。
こうした違いが、その後の子供の行動にどう影響するのかも調べられてきました。
さらに興味深いのが、ほめるタイミングです。
2023年に発表された研究では、17〜31か月の子供と養育者のやり取りを観察し、ほめ言葉と子供の行動との関係を調べています。
たとえば、子供が何かに挑戦する。
一度ではうまくいかない。
もう一度やってみる。
そして、できる。
その「やってみる→できる」という一連の行動に沿って、養育者が過程をほめていることが、その後の粘り強さと関連していました。
つまり、ほめ言葉は中身だけではなく、子供が何をしているときに、どの瞬間に声をかけるかも大切なのです。
子供が自分で靴をそろえた。
それを親が見ていた。
そして、できたそのときに、
「ちゃんとできたね」
と声をかける。
これなら、「ちゃんと」が何を指しているのか、わざわざ全部説明しなくても分かります。
ほめられる喜びが脳内の報酬系に作用し、その後の行動に反映されることも期待できます。
何をほめるか。そして、子供が何をして、いつできたのかを見て声をかける。
短い「ちゃんとできたね」にも、十分な意味があると思います。
「ちゃんと」は悪者ではなかった
2011年に書いた、
「ちゃんとしなさい」は×。
「ちゃんとできたね」は○。
15年たって、少し説明を加えるなら、こうなります。
指示するときの「ちゃんと」は、できるだけ具体的な言葉に置き換える。
「ちゃんと片づけて」ではなく、
「積み木をこの箱に入れよう」。
「ちゃんと座って」ではなく、
「椅子に座って、足を床につけよう」。
一方で、子供が何かをやり遂げたそのときなら、
「ちゃんとできたね」
でいい。
親と子が「何ができたのか」を共有できているからです。
もちろん、
「最後まで自分でできたね」
「靴をそろえられたね」
と具体的に声をかけることもできます。
でも、毎回すべてを実況中継のように説明する必要はありません。
「ちゃんとできたね」
「いいね」
「その調子!」
そんな短い言葉だからこそ伝わるものもあります。
そして何より大切なのは、どんな言葉を選ぶかだけではないのでしょう。
親が、その子の「できた」をちゃんと見ていること。
そこから出てくる「ちゃんとできたね」なら、私は悪い言葉だとは思いません。
「ちゃんと」も、子供への応援歌になる
ところで、「チャント(chant)」という言葉をご存じでしょうか。
サッカーなどで、サポーターが選手やチームを応援するときに繰り返す応援歌や掛け声のことです。
「ちゃんと」も、使い方によっては子供への小さなチャント――応援歌になるのかもしれません。
「ちゃんとして!」
と要求するための「ちゃんと」ではなく、
「見てたよ。できたね」
を伝える「ちゃんと」。
そう考えると、同じ言葉でもずいぶん違って見えてきます。
では、「ちゃんと」の話はこのあたりで。
ちゃん、ちゃん🎶
この記事で紹介した研究・資料
今回の記事を書くにあたり、次の研究を参考にしました。
Kamins ML, Dweck CS
Person versus process praise and criticism: Implications for contingent self-worth and coping.
Developmental Psychology, 1999.
→ PubMed
Radovanovic M, Soldovieri A, Sommerville JA
It takes two: Process praise linking trying and success is associated with greater infant persistence.
Developmental Psychology, 2023.
→ PubMed
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