読めるのに分からない子供たち ― 「読める」って、どういうこと?

子供たちに

「先生、これ読んでええ?」

「ええよ」

授業前、一人の少年が本棚から一冊の本を取り出し、読み始めました。

しばらくすると、その子が泣きながら本を読んでいます。

そして、ついには声を上げて泣き出しました。

近くにいたスタッフも、お迎えに来ていたお母さんも、

「すごく物語に入り込んでいるんだな」

と感心していました。

私もそう思いました。

ところが、あとで本の内容について確かめてみると、様子が違いました。

その子は、本に出てきた「いじめ」という言葉に強く反応していたのです。

なぜ、その言葉にそれほど強く反応したのかは分かりません。

ただ、分かったことが一つありました。

その子は、本の内容そのものをほとんど理解していなかったのです。

本を読んでいる。

言葉にも反応している。

しかも、涙を流すほど感情まで動いている。

それでも、文章を理解しているとは限らない。

長く子供たちの学びに関わってきた中でも、「読むって、いったい何だろう」と考えさせられた出来事の一つです。

「文字が読める」と「文章が分かる」は同じではない

私たちは「読める」という言葉を、ごく普通に使います。

「この漢字、読める?」

「ちゃんと問題を読んだ?」

「この本、一人で読める?」

ところが、この「読める」の中には、いくつもの力が含まれています。

文字を見て、言葉として認識する。

言葉の意味が分かる。

「誰が」「何をした」のか、文の関係をつかむ。

前の文と次の文をつなげる。

そして、それらをまとめて文章全体の意味を組み立てる。

読解研究には、「読む」という働きを、「文字や単語を読み取る力」と「言葉を理解する力」という二つの側面から捉える考え方があります。

「Simple View of Reading」と呼ばれるものです。

もちろん、実際の読解はもっと複雑です。

それでも、

文字や単語を読めることと、文章を理解できることは同じではない。

ということを考えるには、分かりやすい考え方です。

実際、研究でも、文字や単語を読む力には大きな問題がないのに、文章の理解にはつまずく子供たちがいることが知られています。

あの日、本を読みながら泣いていた子も、少なくとも「いじめ」という言葉は読めていました。

しかし、そこから文章全体の意味を組み立てるところまでは進んでいなかったのでしょう。

「読解力」をもう少し細かく見てみる

日本には、文章を正確に読む力を調べる方法の一つとして「リーディングスキルテスト(RST)」があります。

RSTは、教科書や辞書、新聞などに書かれた文章を正確に読み解く力を測るために開発されたテストです。

RSTでは、「読解力」を一つの大きな能力としてだけ見るのではなく、文章の構造を正しく捉えられるか、指示語が何を指しているか分かるか、意味の同じ文を見分けられるか、文章から推論できるか、といった複数の観点から見ようとします。

たとえば、

「それって、何のこと?」

「これをしたのは誰?」

「この二つの文は、同じことを言っている?」

こんなふうに言い換えると、特別な話ではありません。

私たちが文章を読むとき、無意識のうちにやっていることです。

だから、子供が「分からない」と言ったとき、

「この子は読解力がない」

と一言で片づけてしまうのは、少し乱暴なのかもしれません。

どこで分からなくなったのかを、もう少し細かく見てみる必要があります。

「何、書いとったん?」では難しすぎることもある

子供が本を読み終えたとします。

そこで、

「何、書いとったん?」

と聞く。

簡単な質問に見えますが、実はかなり難しいことを求めています。

文章全体を理解し、大事なところを選び、それを頭の中でまとめ、さらに自分の言葉にして説明しなければならないからです。

そこで答えられないと、

「ちゃんと読んでなかったんちゃう?」

と言いたくなるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

一度、問いを小さくしてみます。

「最初に誰が出てきた?」

「その子、何したん?」

「なんで、そうしたんやろ?」

「それ、どこに書いてある?」

一つ答えられたら、次へ進む。

分からなくなったら、また文章へ戻る。

小さな問いと答えを繰り返し、言葉のキャッチボールを続けながら、子供と一緒に文章の意味を組み立てていくのです。

会話では、一人が話し、もう一人がそれを受けて話します。こうした言葉のやり取りの一つひとつを「ターン」と考えると分かりやすいでしょう。

大きな質問を一つ投げて終わるのではなく、小さなターンを何度も重ねる。

その中で、子供がどこまで分かっていて、どこで止まっているのかも見えてきます。

答えを教える前に、「ここ読んでみ」

これは、私が教室で子供たちに接するときにも大切にしてきたことです。

「先生、分かりません」

そう言われたら、すぐに説明するとは限りません。

「ここ読んでみ」

まず、テキストの文章へ戻します。

それでも分からなければ、もう少し問いを小さくする。

「これ、誰のこと?」

「ここには何て書いてある?」

そこまで分かれば、

「ほな、もうちょっと読んでみ」

と先へ進めることがあります。

▶関連記事:「先生、できひん」から始まる読む力の育て方|ロボット教室で見えた子供の成長

大人が全部説明すれば、子供はその問題を解けるかもしれません。

でも、自分で文章に戻り、手がかりを見つけ、

「あ、分かった」

となる経験は残りません。

だから私は、「分からない」と言われたときこそ、どこまでなら自分で分かるのかを探してきました。

「読解力がない」と大きなくくりで見るのではなく、分かるところまで戻り、そこから小さなターンを重ねていく。

それが、子供を「自分で読める」方へ導く一つの方法だと考えています。

家庭を「読解力の訓練場」にしなくていい

では、家庭ではどうすればいいのでしょう。

難しい読解力トレーニングを始める必要はないと私は思います。

まして、忙しい毎日の中で、「子供が本を読むたびに、親子で内容について話し合いましょう」と言うつもりもありません。

今は共働きのご家庭も多く、平日は子供とゆっくり話す時間をつくることさえ難しいでしょう。

それなら、週末だけでもいい。

「今週、なんか本読んだ?」

そんな一言から始めてみる。

子供が話し始めたら、

「誰が出てきたん?」

「へぇ、そんなことしたん」

「それで?」

「なんでやろなぁ?」

と、少しだけ話を続けてみる。

分からなくなったら、

「そんなこと書いてあった? 一緒に見てみよか」

と本へ戻ってみる。

大切なのは、正解を言わせることではありません。

本について話すこと、親子で言葉を交わすこと自体を楽しむ。

毎日でなくても、時間に余裕があるときでいい。

子供が話し、親が聞く。

親が少し尋ね、子供がまた話す。

そんな小さなターンを重ねる時間があれば、子供は言葉を使い、意味を考え、自分の考えを言葉にする機会を持てます。

幼い子供を対象とした共同読書の研究でも、大人と子供が本について言葉を交わすことと言語発達との関係が研究されています。

ただし、

「たくさん質問すれば、読解力がぐんぐん伸びる」

と単純化するつもりはありません。

質問攻めになったら、楽しい読書もテストになってしまいます。

問いかける。

子供が答える。

大人がそれを受け取る。

また少し話す。

そんな小さなターンを、できるときに楽しむ。

読む力を育てる土台は、案外こんな日常の中にもあるのではないでしょうか。

「読めない」で終わらせない

本を読んでいる。

音読もできる。

知っている言葉には反応できる。

それでも、文章を理解できているとは限りません。

だから、子供が「分からない」と言ったとき、

「ちゃんと読みなさい」

だけで終わらせない。

もちろん、すぐに答えを教える必要もありません。

どこまで分かっているのか。

一緒に少しずつ確かめてみる。

分かるところまで戻り、小さなターンを重ねながら、もう一度文章をたどっていく。

そうすれば、「読めない」と思っていた子供が、自分の力で次の一文へ進めることがあります。

そして、もう一つ。

文章を正確に読めれば、それですべて理解できるのでしょうか。

どうも、そう簡単でもなさそうです。

文章に書かれていることを理解するには、その子がそれまでに身につけてきた知識や経験も関わってきます。

そのことを考えるのに、とても興味深い題材があります。

国語の教科書でもおなじみの、『ごんぎつね』です。

これは、次の記事で考えてみたいと思います。

この記事で紹介した研究・資料

  • Hoover, W. A. & Gough, P. B. らによる「Simple View of Reading」に関する研究
    読解を、文字や単語を読み取る力と、言語を理解する力の関係から捉える考え方です。
  • Spencer, M. らによる、文字や単語は読めても文章理解につまずく子供たちに関する研究・レビュー
    語彙、文法、推論、理解を自分で確かめる力など、文章理解には複数の要素が関係することが検討されています。
  • Dowdall, N. ら(2020)
    Shared Picture Book Reading Interventions for Child Language Development: A Systematic Review and Meta-Analysis
    親子の共同読書と言語発達について、19件のランダム化比較試験をまとめた研究です。
  • Flack, Z. M. ら(2018)
    The effects of shared storybook reading on word learning: A meta-analysis
    38研究を分析し、共同読書と子供の語彙学習について検討しています。

※共同読書に関する研究は幼児を対象としたものが多く、この記事では「親子の会話を増やせば、小学生の読解力が必ず伸びる」という意味では紹介していません。

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