見上げなければ気づかない奇跡|ユリノキの花から考えた「経験への開放性」

暮らし・好奇心

みなさんは「ユリノキ」という木をご存じでしょうか。

街路樹としても見かける高木で、樹形が美しく、秋には見事な黄葉を見せてくれます。

昔、ウチの教室があったエリアの街路樹が、すべてユリノキだったこともあり、なじみの深い木です。

でも、長い間、どうしても見られないものがありました。

ユリノキの花です。

きっかけは、数年前に参加した神戸市立森林植物園の園内ツアーでした。

ガイドさんから、

「今、ユリノキの花が咲いていますよ」

と教えてもらいました。

見上げてみると、花が咲いているのは10メートル以上もありそうな高い枝の先。

しかも花は上向きに咲いています。

下から見ても、白っぽい点のようなものが見えるだけでした。

「一度、ちゃんと見てみたいなあ」

それ以来、毎年この季節になると、ユリノキを見上げるようになりました。

でも、なかなか花を間近で見ることはできません。

何年か、そんなことを繰り返していました。

恋焦がれていた花が、目の前に

ところが、今年は違いました。

少し前の台風で、一本の枝が低いところまで垂れ下がっていたのです。

そして、そこに――。

あった!

ユリノキの花です。

何年も見たいと思っていた花が、手の届きそうなところに咲いている。

初めて間近で見た花は、チューリップにも似た形で、淡い緑にオレンジ色が混じった、なんとも不思議な姿をしていました。

うれしかったですねぇ。

知らない花を偶然見つけただけなら、ここまで心は動かなかったでしょう。

ユリノキを知っていた。

花が咲くことも知っていた。

そして、何年も「見たい」と思っていた。

その積み重ねがあったからこそ、

「あった!」

になったのだと思います。

そして、ふと思いました。

最初に森林植物園のガイドさんが、

「今、ユリノキの花が咲いていますよ」

と教えてくれなかったら?

私は今も、ユリノキの花を気にすることなく、その下を歩いていたかもしれません。

誰かに教えてもらったことで、それまで見えていなかったものが見えるようになった。

こんなこと、子供たちにも経験してほしいな。

「ほら、見てごらん」から始まること

2015年、「経験への開放性」について、こんなコラムを書きました。

当時、子供の好奇心や興味・関心の対象を広げるために、

「ほら、見てごらん」
「おもしろいね」
「きれいだね」

そんな言葉を大人がかけてあげることが大切だと書いています。

今読み返しても、この考えは変わりません。

子供が好きなもの、夢中になっているものは、もちろん大切にしたい。

でも、子供はまだ世界のすべてを知っているわけではありません。

自分から興味を持つものだけを追いかけていたら、出会わないものもあります。

そんなとき、大人がちょっと別の方向を指さしてあげる。

散歩の途中で、

「ほら、あそこに変な虫がおるで」

空を見ながら、

「あの雲、何に見える?」

花が咲いていたら、

「きれいやな。何ていう花やろ?」

すぐに答えを教える必要もありません。

子供がまだ見ていない方向を、ちょっと指さしてあげる。

それだけで、それまで見えていなかったものが見えることがあります。

「経験への開放性」って何だろう

心理学には、人の性格を大きく5つの特性から捉える「Big Five」という考え方があります。

その一つが、

「経験への開放性(Openness to Experience)」

です。

新しいものや考え方に興味を持つ。

美しいものや芸術、自然に心を動かされる。

知らないことを知りたがる。

想像したり、考えたりすることを楽しむ。

こうした傾向と関係する性格特性です。

「開放性」という日本語だけを見ると、社交的で誰とでも打ち解ける人を想像するかもしれませんが、少し違います。

新しい経験や考えに対して、心の扉をどのくらい開いているか。

そんなイメージです。

子供を対象にした研究でも、経験への開放性や勤勉性と学業成績との関連が報告されています。

だからといって、「経験への開放性を高めれば成績が上がる」という単純な話ではありません。

大切にしたいのは、

「これ何?」
「なんで?」
「見てみたい」
「やってみたい」

そんな気持ちを、子供の中に残してあげることです。

子供の「今」を大切にしたい

子供の脳は、大人の脳を小さくしたものではありません。

脳の発達には、経験の影響を受けやすい時期があります。

その時期は、感覚、言葉、認知、社会性など、脳の働きによって同じではありません。

ですから、

「5歳から12歳が脳のゴールデンタイム」

のように、一つの年齢で区切ってしまうのは正確ではありません。

それでも、幼少期から思春期にかけては、さまざまな脳の働きが発達していく大切な時期です。

だからこそ、子供にとって「今」は、かけがえのない時間です。

子供が何かを見つけて、

「これ何?」

と聞いてきたとき。

何かに夢中になっているとき。

逆に、まだ気づいていないものが目の前にあるとき。

そんな瞬間に、大人が少しだけ付き合ってあげる。

「おもしろいね」

「なんでやろな?」

「ちょっと見てみようか」

そんな一言が、子供の世界を少し広げるかもしれません。

すぐに成績につながる必要もありません。

大人が指さしたものが、その子の中に残ることがあります。

「一度見てみたい」
「もう少し知りたい」
「自分でもやってみたい」

そんな小さな種を渡すことなら、大人にもできます。

大人だって、まだ見つけられる

もっとも、「今」が大切なのは子供だけではありません。

経験への開放性と高齢期の認知機能との関連を調べた研究もあります。

私自身、ユリノキの花を初めて間近で見たのは、ずいぶん歳を重ねてからでした。

知らない音楽を聴いて、

「おお、ええやん」

と思うこともある。

知らなかった本を読んで、思いがけず心を動かされることもある。

大人になっても、知らないものは残っています。

見上げなければ、見えなかった

あの日、ユリノキの枝がいつも通り高いところにあったら、花を見ることはできなかったでしょう。

でも、そもそもユリノキの花を見たいと思っていなければ、枝が下がっていても、そのまま通り過ぎていたかもしれません。

知っていたから、気づいた。

気になっていたから、見つけた。

見たいと思い続けていたから、うれしかった。

親が子供の未来を全部つくることはできませんが、

「ほら、見てごらん」

と、まだ知らない世界へ導くことはできる。

私にも、そんな一言をくれた人がいました。

「今、ユリノキの花が咲いていますよ」

あの一言から、私の知らなかった世界が一つ広がりました。

さて、次は何が見つかるでしょう。

この記事を書くにあたって参考にした研究・資料

Poropat AE
A meta-analysis of adult-rated child personality and academic performance in primary education.
British Journal of Educational Psychology, 2014.
→ PubMed

Knudsen EI
Sensitive periods in the development of the brain and behavior.
Journal of Cognitive Neuroscience, 2004.
→ PubMed

Fuhrmann D, Knoll LJ, Blakemore SJ
Adolescence as a Sensitive Period of Brain Development.
Trends in Cognitive Sciences, 2015.
→ PubMed

Nishita Y, Tange C, Tomida M, et al.
Personality and global cognitive decline in Japanese community-dwelling elderly people: A 10-year longitudinal study.
Journal of Psychosomatic Research, 2016.
→ PubMed

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